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2006年4月

2006年4月29日 (土)

テレビ地域から論じる道州制

 昨夜の朝まで生テレビ 「テレビに明日はあるか」、無視できないテレビエリアと道州制

 昨夜の朝まで生テレビは「テレビに明日はあるか」であった。インターネットの登場、BS放送、地上波デジタルに2011年に完全移行の予定で、アナログが中止になるなど、テレビに伴う状況は様変わりである。

 現状のテレビエリアは地上波ではかなり複雑で、道州制のような広域単位の場合と、複数の県を組み合わせたものと、単独の県で構成されたものがある。

 広域単位については、NHKなら地域ニュースは関東:甲信越で構成し、長野など県単位でもニュースが流れたり、東京キー局は民放なら関東一都六県と、山梨県のかなりの地域、静岡県の伊豆東部で見ることができる。近畿、中京地区も広域エリアで民放の視聴が可能である。

 また本来のエリアと離れているが、徳島県のように直接電波が届いたり、送信所が設置されて、徳島県自体のテレビ局は四国放送だけなのに、近畿の民放が全部視聴できるケースや、佐賀県も佐賀テレビだけのはずが、福岡県か長崎県のテレビ局のどちらかがほとんどの地域で見れる場合。

 あるいは、島根、鳥取のようにテレビ局がこの両県で設定されているし、岡山、香川両県もテレビ局の範囲がこの両県で設定されている。一方で地方の県の多くは青森とか、高知といった県単位で民放が形成されている。

  地上波テレビを道州制レベルにするメリット、デメリット

 たとえば宮崎県は民放二局である。これが道州制単位なら福岡のような五局にすることも容易になる。経済力の弱い県でスポンサーを集め、放送局を維持するのだから、視聴できるテレビ局を増やせない。だが大学で上京したりして、民放五局が当たり前のように見ると、地元で就職口が限られることと含めて、若者の故郷への回帰の意欲をかき消す要因にもなっていると思う。

 テレビの視聴チャンネルを増やす早道として、道州制は有効である。しかし県単位の放送の方が全国ニュースの後の、ローカルニュースが県単位で細かな情報で得られ、新聞社と経営が提携している日本の民放の現状を考えると、鹿児島なら南日本新聞と提携している、南日本放送が全国ネットでは毎日新聞系のTBS系列でも、福岡のRKB毎日からローカルニュースを九州一円情報という形で流すのも、九州という単位への愛着の一方で、薩摩隼人としての意識になじまないし、主婦など買い物などの情報が得たい人には、利便性を欠く側面も予想できる。

 多チャンネル化と道州制の検討対策の活発化を

 たとえば民放のBSはあまり見られていないが、全国ネットはそこでやり、地上波デジタルを道州制単位、県単位の情報はケーブルテレビ。あるいはパソコンを使い、鹿児島でテレビ東京の番組を見たり、逆に南日本放送の番組を東京で見ることも技術的には可能である。

 あるいは福井県嶺南ではケーブルテレビで、近畿の民放が見れ、福井北部では石川県の民放が見れるようになっている。これなど道州制の区割りでは県の分割は原則しないとはされているが、テレビという現代社会に欠かせぬ道具で、見れる範囲は当然ながら、区割りの設定や、調整措置の判断材料にすべきである。

 いくらパソコンが普及しても、国民が情報を最も得る道具はテレビである。現行の視聴エリアを参考にしつつ、多チャンネル化の両立を図りながら、視聴者の要望を交えて道州制論議を深めてほしいものである。

2006年4月26日 (水)

西日本と東日本、その区別から論じる道州制

 日本の東西、関が原、サケ、マス、文化圏、フォッサマグナ、そして道州制

 古くから、何かと日本人は東西に分けて考える。関が原の戦いは東軍、西軍。サケ、マス文化圏や、丸餅、角餅は名古屋から富山にかけて混在する。地形は糸魚川から天竜川方面にかけてのフォッサマグナが有名。

 電力は富士川でKHが変化する。道州制を何区分かに分けるにしろ、たとえば関西文化圏を福井県れ嶺南は明確にそうだが、富山は東か西か決めがたい。しかし糸魚川以東は西日本ではない。

 太平洋側では関が原から箱根の関の間のどこかで、日本の東西があると認識できるが、大井川だったり、愛知と静岡の県境だったり定かではない。しかし、神奈川が西日本だったり、琵琶湖のある滋賀県が東日本ではありえない。

 今も食べ物の味付けや方言など、西と東は明確に違い、道州制の区割り設定の際には福井南部のような明確な西日本と、明確な東日本の新潟を同一にする、北陸州のような発想は回避するのが懸命な選択といえるだろう。

2006年4月24日 (月)

昨日の千葉7区の補欠選挙結果に想う

 昨夜の千葉7区の補欠選挙結果を見て

 昨日の千葉7区の補欠選挙結果は、民主党の大田和美候補が、自民党の斉藤和美候補を僅差で破り、勝利したがもともと民主党は投票率のあがらない補欠選挙は、公明党の票が加算される自民にほとんど勝てないのが、メール問題直後で民主苦戦のはずが補選で勝利したことの影響は、かなり大きなものがあろう。

 大田候補が高卒の苦労人で、斉藤候補が元エリート官僚という構図は、今の格差社会問題で小泉路線の継続をむつかしくしたといえるし、教育基本法問題などでも、公明党へ相当な配慮がなされるだろう。

 また小沢代表がいろいろ、自民党の支持基盤の農林関係者に切り込んだりした成果を見ると「地方切捨て」的な地方制度改革は修正されるのかも知れない。

 ポスト小泉が誰になるかにもよるが、来年の参議院選挙、統一地方選挙は、2007年問題も踏まえて、日本社会の転換点になるかも知れない。道州制の是非も大きな論点になるのかも知れない。

 

2006年4月23日 (日)

道州制、地方分権の番組から

 昨日のNHKラジオの土曜ジャーナル「市町村合併特集から」

 

 昨日と先週の土曜は、NHKのラジオジャーナルで、一段落した市町村合併を特集していた。各地の事情を聞いていて、3000以上から今の1800くらいに減ったことも、パネラーの宮城県の浅野前知事らの意見として、合併に総務省や県の働きかけがあり、それにより、腰をあげた場合や、財政事情や業務の効率化のため、かなり主体的に行った場合もあり、意識についてはばらつきがあり、まさに玉石混合状態とのこと。

 また今回、合併を選択しなかった市町村も、合併で中核となる地域のみ栄える弊害除去や、福島県矢祭町のような合併しない宣言している町が、徹底した行革や住民の行政への協力が成果をあげているケースがあり、各地の合併の成果も見えていない。

 それと県の中には広域行政組合があり、消防署などいっしょにやったりしているが、議会や事業はそれで一本化して、従来の予算規模に応じて案分して、町長とモニターや役場の人間で配分を決めるとか、今までか合併かの第3の選択を考慮していい。

 今も暫定的に合併した旧自治体が、自治区を形成できる制度もあるが、ある程度面積規模の大きい旧自治体は、むしろそうすることが、自然であろう。また浅野前知事が道州制について、市民にはまだ道州制をせねばという切迫感がなく、また機が熟していない趣旨の話をしていた。道州制という単語は知ったが、まだその意味を理解していない人がほとんどで、こういう番組が増えて道州制の特集もしてほしいものだ。

 今日はKBS京都テレビで「どうする京都21」

 今日は19時55分から21時55分まで、どうする京都という、京都府の地域の問題を語り合う番組が放送されます。今日の内容は再選された山田知事の二期目の課題ですが、町屋の保存をどうするとか、毎回、隣りの大阪府民にも考えさせられることが多く、楽しみに見ています。月末の日曜日にゴールデンタイムにこういう放送がされることは、非常に意義があり、見れない地域の方も番組HPで概要を御確認ください。

2006年4月22日 (土)

阪急タイガース誕生?球団再編、鉄道統合と道州制

 阪急タイガース?、阪神と阪神の統合、球団の維持

 

 村上ファンドの阪神電鉄株買い占め問題に端を発して、阪急が阪神の株を買い、球団の乗っ取り防止と、併せて経営統合をする構想が浮上してきた。阪急タイガースには私を含めて、世論は拒否反応だが、日銭を稼ぐ鉄道がそういうことをするとは思えず、親会社があるにしろ、将来的にはプロ野球も地域で支える体制への変化が求められているので、今回の件を契機にして、そういう方向漬けに動いてほしい。

 関西私鉄の消極姿勢の転化を

 思えば、阪神以外は球団を手放し、遊園地も少なくなった。中でも近鉄は球団だけでなく、OSKの歌劇団、近鉄劇場、テレビ番組の「真珠の小箱」を無くした。だが大阪ドームの横に2008年に近鉄の駅が出来、2010年に平城京遷都1300年事業が控える時期に、球団や広報番組を無くすのは、目先の金を惜しむ良いPRの道具を無くしていて、関西の鉄道業界自体が、あたかも萎縮していたといえる。

 だが最近は2010年頃にかけて、阪急、阪神のデパートの建て替えなど経営の積極姿勢が見えてきた。今、阪神と近鉄の相互乗り入れで、名古屋から姫路まで直通運転が可能になる。すでに「するっと関西」という関西私鉄共同のプリペイドカードで、京阪も阪神も乗れたりするのだが、相互乗り入れの活発化や、凍結中の計画路線の着工などで、JRと覇を競い、関西(近畿)の活性化を果たしてほしい。また南海、近鉄南大阪線のように、JRと同じ線路幅の線は、吉野口で和歌山線乗り入れが可能である。

 近鉄吉野発和歌山市行きのような、紀ノ川流域活性化に役立つ列車の、直通運転など実施して、道州制施行の際に、今の奈良と和歌山が取り残されないような施策にするべきだろう。

2006年4月21日 (金)

道州制に向けて融通の効く対応を

 先日のニュース報道から アスベスト患者への対応に道州制のヒント

 先日、アスベスト患者の専門的治療に、厚生労働省が設定した7ブロック内については、交通費の補助がされる対応がされているが、徳島県の患者さんが本来はその区域外の、兵庫県の大学病院への通院が補助されることが認められることが報じられていた。

 四国でも高松で無ければ、松山、あるいは中四国だと岡山、広島になる。ところがこれでは病弱な患者さんの身体の負担が大きいだけでなく、費用を出す役所もたいへんである。

 各省庁の今の管区なり、将来の道州制にしろ、一応の区割り設定はされるにしろ、今回のような双方に理の適う対応をしないと、国の政策で関東の肥大化を避けるため、静岡県全体で東海なり、中部州に入るにしろ、こういう一般庶民が病院に行くとか、三重が中部に入っても、関西州の税金、公共料金が払えるような措置は行うべきである。

 私見で道州制境界交流特区を作り、区割りでもめそうな府県をあらかじめ道州制での相互交流を提唱しているが、なかなか融通の利かない日本の役所ではあるが、今後の区割り設定や、国と道州、基礎自治体の役割分担などで、今回のように枠にとらわれず、国民サイドに理の適う対応を期待したいものだ。

2006年4月20日 (木)

道州制論争の功績

 道州制論争の功績 他府県の事情の理解がすすむ

 

 2月末の道州制の地方制度調査会の区割り案の公表以後、明らかに普通の人の他府県のことへの理解がすすんだ感がある。たとえば地方政治に関心のある人なら、鳥取の片山知事あたりはわかるとして、普通の人には自分の県と、東京の石原、長野の田中、基地問題で名前が出る沖縄の稲嶺知事以外、名前がどれだけ浮かぶだろう。

 たいていの人は一桁台、10人以上はむしろすごいということになりかねない。だが道州制論議が盛んになってからは、区割り困難県の福井県の西川知事とか、道州制に否定的な兵庫県の井戸知事などの名前が新聞紙面によく登場するようになった。

 人の会話の中で「高校野球はどうなる」とか、我が県はどちら的反応が新聞の投書に見かけるようになった。地方選挙の投票率は50%を切ることが昨今多いが、合併問題が争点になると投票率は高まるし、合併の住民投票の投票率も50%以上がほとんどである。

 

 普通の市民にとって、財源や自治事務をどうするとか、役所で働いているのでないから、ピンと来る話ではない。合併が関心を高める切り口であるとともに、道州制論議が国と地方の役割を普通の人が関心を高める絶好の機会になるし、他の地域を勉強しようといういい動機付けにもなる。道州制論議は会社の支店単位のビジネス拡大や、サービス拡充のために不可欠な知識を身につける良い機会になるのかも知れない。

2006年4月19日 (水)

地方空港問題に思う、道州制との関連

 地方空港の賛否の中、天草空港利用者50万突破

 昨日、熊本県の天草空港が50万人の利用者を突破した。この空港は以前、ニュースステーションや、ニュース23でこうまでして空港がほしいと揶揄され、一方で九州ローカルのNHKの特集番組では、交通の不便さ解消や観光誘致への期待の声が寄せられ、都会と地元の声の違いを痛切に感じたが、開設当初より増便され、まずは何よりである。

 熊本空港は阿蘇に近い方で、福岡市から直通列車などなく、車も相当な時間がかかる。地方の悲痛な叫びと需要がマッチしたのだと思う。地方空港問題を考える時、空港が県内にあるとかの話ではなく、周りの空港と何㎞離れているか、需要がどのくらいかが大切である。大阪周辺の三空港とか、さすがに拡張建設を見合わせる方向だが、福井県の春江空港が民間路線が撤退し、小松空港が福井、石川の県境近くで、便数を考えると明らかに小松が便利で、嶺南は関空や伊丹が便利である。

 県で考えるといい建設地がないと、小松に近い春江など無駄とわかっていてもなんとかしようと考えるが、道州制で理解し調整すれば、福井北部は小松、嶺南は関空、伊丹を使おうと意識すればいい。

 道州となると、ある程度本格的な国際空港とも対応すべきで、その区割りも四国ではそうはいかず、広島新空港や関空との対応を考慮して判断すべきであろう。

 今後の九州新空港など、道州制でなければ決めかねる問題でもある。

2006年4月18日 (火)

郵政民営化問題と道州制

 郵政民営化の弊害問題

 

 去年の参議院選挙は郵政民営化が争点だった。この選挙では小泉自民党が圧勝したが、野党は民主党の他、社民党、共産党に票が分散され、郵政造反の無所属を含むと、実は郵政民営反対勢力の得票の方が多いという指摘もあるくらいである。

 民営化で過疎地は切り捨てないとか、サービスは守るといったものの、今年の年賀状は民営化に備えた統廃合で集配局が整理されて、年賀状の誤配、遅配が多かったし、最近は全国で4700局ある時間外窓口取り扱い局の、3600局の廃止の方針や、ATMの取り扱い時間の短縮などが打ち出された。

 

 民営はバラ色か?

 所謂、民営論者は特定郵便局局長の世襲や、官公労組合の弊害をあげているが、たとえば局長は一般職員にしたり、賃金の適正化をまずやり、それから論じるべきだったと今も考える。昨今のように地震や災害が多い今、宅配便は災害時引き受け停止になるが、郵便は被災物資を送る場合、割引になる対応など、公的役割が見過ごせない。

 台風14号の大被害を受けた直後だった、大分、宮崎では民営反対派が圧勝していることなど、見過ごせない。また自由放任経済の象徴的なアメリカでも郵便は民営ではなく、ニュージランドの民営化があまりうまく行かない報道が良くあるように、民営でたとえばはがきが40円になるようなことはあるかも知れないが、既にはがきの誤配や時間外窓口の削減など弊害が出ている。

 道州制の施行で弊害除去を

 たとえば各道州レベルで、局の削減を防いだり、金融では地元の金融機関の提携なり、簡易保険を存続して、ネットワーク化して他の州との互換性を保つ。また大阪市の税金や健康保険料は今、近畿二府四県でしか支払えないが、これを嶺南が関西州に入るにしても、福井北部や三重全域くらいでは支払えるようにするなど、区割り調整地域の機能を活用する。

 いままでの官の弊害はあるが、国の財政措置による郵便局の維持など民営化の中で、ローカル線がどんどん切り捨てられたように、やがて気がつくと消えていく公算が強い。道州制の施行の中で、民営化の弊害を除去するなり、州レベルで公社化の検討も考慮すべきだろう。

2006年4月16日 (日)

ライブドアの道州制ブログ検索、本日のサンデープロジェクトと道州制

 ライブドアのブログ検索、検索スコア順で道州制で山中鹿次の提言、30位以内に25ランクイン

 ホリエモンは逮捕されたが、他のサイトと比べてブログに関する機能が充実しているライブドア。そこで道州制を検索でブログでどんなのがランクされるか、調べてみるとなんと、検索スコア順で私の道州制、日本と地域社会を語る‐山中鹿次の提言‐、及び山鹿ニュース、FC2ブログで上記のブログのアドレスだけ入れたので、道州制に触れたのが30位以内に25もランクイン。第1位に遷都問題と道州制で記事を書いたのがランクされたし、第2位にはNHKのBSデイベートで、道州制を取り上げたことで記事を書いたのが取り上げられた。

 2月末に区割り案が出た時、それをネタにブログを書いた人が多く、その頃に記事を書いたのは上位にこないが、以後、引き続き記事を書いたことが効を奏したのだと思います。上位100位でも30ランクされ、まもなく総合アクセスが3000に達するし、最近はコメントをいただけることも多く、感謝にたえません。今後も是非ご愛顧お願いいたします。

 今日のサンデープロジェクトと道州制問題、北海道と道州制を中心にして

 

 今日のサンデープロジェクトでは、各党幹事長の後半国会に臨むの後、いろいろ公共事業の無駄が紹介され、北海道での道の事業と、北海道開発庁の事業の重複の無駄が紹介されていた。

 北海道の先行実施に際して、多少の開発庁の人員削減は検討されているが、網走、函館など拠点に道と開発庁の出先機関がそれぞれあるなど、明らかな無駄が多く、これは道の道、これは国の道ということで、走っている除雪車が除雪せずに走る矛盾が紹介されていた。

 また二級河川までは道の管理だが、一級河川は国の管理のままの方針では、今の一級河川の基準は石狩川に流れ込む川はその水系ということで、相当小さな川でも一級になり、道の管轄は限られる。

 これでは今の北海道と実態はあまり変わらず、道州制だという切り口で、多少の権限が増えるが地方交付税や補助金の削減だけが行われたのでは、ある意味、いじめに近いともいえる。

 石狩川、十勝川などずば抜けて大きな川を全国的に特級河川として、これは国の管理とするが、以下は道州制なり、都道府県、自治体の管理に委ねるとして、実態に見合う権限委譲を行うべきである。

 なお道州制議論の先がけ的な、大分県の平松前知事の「九州府」構想では、国の地方の出先機関の吸収、統合を考慮している。当然、北海道の道州制もそれを目指すべきで、とりあえず各省庁の北海道出身者を集めたり、一定期間、事務移管作業の出向者を受け入れながら、北海道の道州制の施行を推進すべきであろう。

2006年4月15日 (土)

今日の日本道州制研究会から、民主党をどうするその他

 今日の日本道州制研究会から

 

 今日は大阪府立青少年会館での、日本道州制研究会に参加していた。今回は一応のテーマは小沢代表が就任した直後で、一応「どうなる民主党」ということで、話が始まり、前原前代表がやや道州制に消極的な態度だったのが、積極的な態度に変わる期待感が寄せられた。

 今回は関連して、最近のいろんな事例が各自から語られた。イギリスへの留学経験のある牛尾重彦さんからは、欧米の傾向を見ていると、二大政党制ではなくなりつつあるという意見、これはドイツなら緑の党が政権の一翼に入ったり、イギリスなら自由民主党がかなり得票を伸ばしていることなどだが、日本では小選挙区のおかげで小泉旋風が増えたように、当面、第三党が伸びる余地は少なく、公明党は宗教団体に支えられたり、社民と共産党が別々の政党でもあり、今、バブル以後の「失われた10年」とすれば、これからは「取り戻す10年」だと私は説明し、牛尾さんのいう状況が出るとしたら、その10年が過ぎてからではと意見交換していた。

 また以前、和歌山県高野口町の町長を歴任された、玉置紘路さんは最近、高野口町が橋本市と合併した事例をあげ、合併がすすむことで市町村の数が減れば、国の介入の余地が高まる懸念を示された。

 道州制推進連盟などでは、日本全国で市町村300、小沢一郎氏の「日本改造計画」あたりにもそういう構想があり、効率化を目指すあまり、識者の意見が地域の実情とはかけ離れる側面も考慮できた。合併ではなく、広域消防組合があるように、選択肢は決めつけない方がと私は思ったが、お読みの皆さんはどうだろうか。

 また昔、機関委任事務といい、今、自治事務と呼ぶ業務で、パスポートの発行は国に関することで、今、都道府県で代換えしているが、市町村でも支障がない意見に、万が一の責任論も指摘があり、国と地方の役割分担は相当な意見交換が必要だと思った。

 後は私からは、関西は道州制の利点が高いのに、九州などと比べて新聞報道で、地方制度調査会の案が出た頃は、それなりに取り上げていたが、その後の報道量が少ないことを指摘した。

 なお次回は5月20日(土)に5月例会を、大阪府立青少年会館第二会議室で、午後1時30分から開催予定である。ふるってのご参加お待ちします。

2006年4月14日 (金)

道州制と教育論議、教育基本法改正問題、東京都教育庁の方針を考える

  教育基本法に郷土の視点、科学性の重視を

 ここ数日、与党間で、教育基本法の改正、国会上程作業が進んでいる。当然ながら自民党の方は愛国心を強調したがる。これについては産経新聞あたりは自民党案に近い社説、朝日新聞あたりは改正に慎重、ないしは否定的な論調だが、愛国心の弊害のためにも郷土意識の尊重は大切である。

 長野県には「信濃の国」という、今でも運動会の入場行進などで唱われる名曲がある。長野県にある信濃という歴史雑誌には以前、戦前、国家主義が高まるに連れて「信濃の国」が唱われなくなった過程が紹介されていた。

 この時代は国の策で今以上にあった新聞の統合がすすんだり、地域の声の軽視がすすんだことが、紀元2600年事業の盛り上がりがナショナリズムに拍車をかけて、先の戦争を抑止することが出来なかった。その意味で教育基本法の改正案で、郷土意識の尊重が検討されているのは正解である。

 私自身は国を愛する心という表現を加えるのなら、以下のことを提案したい。

a,道州制の施行で国や地方の枠組みが変わる今、あえてこれを急ぐことはない。

b,国を愛するということを、無条件に国の方針に従うという意味ではなく、社会正義に則り国を愛するとし、あえて国の方針に異議を唱えることを否定しないという文面を加える。

 aについては義務教育の国庫負担削減を巡り、小学校のレベルは最低学力保障だから、それはおかしいという意見や、身近な地域の学校だからこれこそ自治体の仕事だから、なんとかまかなえの意見もあるだろう。

 これには双方一理あり、道州制が施行されるとまた事情が異なるので、私自身の結論を出しかねているが、基本法の改正より、こういう現実の問題の討議を優先すべきである。

 またbについては戦前の杉原千畝のような、国の方針に反してユダヤ人の安全を保障し、今日、広く社会の尊敬を集めているケースがある。得てして国を愛する心とか明文化したがる方は、国に反する意見=非国民的論調が多いものである。そうではなく、私案のような明記で千畝のような幅広い人類愛が尊重される。これは長い目で国の評価を高める施策を否定する案にしないためになる。

 なお伝統の尊重についても、但し男女差別など社会的差別を肯定するものではなく、非科学的迷信や、行き過ぎた精神主義を認めるものではないという条項を付け加えるべきである。

 行き過ぎた東京都の方針に反対

 東京都教育庁は13日、職員会議で教職員による「挙手」や「採決」を行ってはならないという通知を出した。昔、日教組の力が強い時、第三者的に見て校長の言い分に理があることもあったかも知れない。しかし組合の組織率も低く、日常、生徒や保護者に接するのは現場の教員である。

 会議で意見が分かれたり、不祥事が起きた時の対応は校長が率先せねばならないが、これでは民主主義の否定である。これは善悪ではなく、単に「石原好み」の押しつけである。道州制の前に指導力とワンマンをはき違える風潮を、くれぐれも誤解しないよう注意せねばならないのではないだろうか。

 物事は偉い人が言ったとかではなく、理に適っているかを価値基準にしなければ、教育も世の中も歪んでしまう。それがわからない人には、教育基本法や政治を語ってほしくないと思うのは私だけだろうか?。

2006年4月13日 (木)

道州制への応用、地域活性化の先駆者、大分県に学べ

 一村一品運動など、先駆的取り組みの大分県

 大分県は以前は(だいわけ県)と呼ばれることもあり、知名度の低い県であったが、平松守彦前知事の時代に、上記の運動を自治体ごとで展開し特産品の生産に力を入れ、そのブランド化に成功した。

 先頃終了したNHKの連続ドラマ「風のハルカ」は湯布院が舞台だったが、番組の最後の故郷の食卓というコーナーで、郷土料理が紹介されていたが、大分県ならではといえる食材には、いつも関心させられていた。

 九州というと、福岡の活況や中央部の熊本もすばらしいが、この大分県の平松前知事の提唱した「九州府」という、九州各県の協力関係の提唱など、今日の道州制の先駆的考えであるし、一村一品運動は、サッチャー体制の中で地方の衰退が進み、その傾向を解消するため、ハウ外相が湯布院を訪れたり、今もカンボジア復興にアイデアが取り入れられている。

 

 今も続く、地域おこしのセンスの良さ

 今、宮崎から大分を通過し、北九州に向かう東九州自動車道の整備が進んでいるが、広瀬知事から日田から中津へ向かう高規格道路を、中津三光ICから中津港へつなぐ接続道路建設など、表明している。

 今、ダイハツの工場が中津にあり、中津港の重要度が増しているが、福井県が北陸道のICと遠く離れた福井新港の整備をしたが、連絡道路も悪く、巨大釣り堀状態になっているのと、大きな違いである。

 また一日3000個のコロッケを売り上げる店がある「昭和レトロの街」で近年脚光を浴びている、豊後高田市は市が主催の「仏の里ふれあいマラソン」で、国東半島マラソンサーキットを実施していて、近隣の国東町のとみくじマラソンなどと、スタンプラリーを実施している。これは実は、私が1996年に宮崎市で開かれた全国市民マラソンサミットで発案したことを、豊後高田市の関係者が取り入れて実現している。

 自分の市の活性化に国東半島の活性化もプラスしたのだが、今年に入り、長野県の飯田市とグリーンツーリズムなどで、提携、情報交換を開始したそうである。

 さらに名水百選に選ばれた旧庄内町にある由布市の男池が、昨年の台風14号で被害を受けたがその補修に止まらず、散策路の整備やバリアフリー化を行っている。

 福井新港のような無駄は困るが、将来の道州制を睨んだ時に、必要な部分には金を惜しまないことと、それを裏付けるアイデアを、上記の大分県の事例から学びたいものだ。

2006年4月12日 (水)

日本道州制研究会3月例会の配布資料の紹介その2

  Ⅲ  道州制への構想の違い

 ではどうして道州制に対する区割り案に差が出るのか。おおよそ以下の側面が考慮できる。

 a,県の再編成の判断の差。今の県の都道府県連合だと区割りは小さくなるし、県の分割を認めないと長野を東海にする案は出にくい。

 b,関東、東京圏の肥大化容認と抑止。本来、中部である山梨が全て関東なのはそれを容認しているが、長野、新潟を関東にするかどうか別れているかは、容認か抑止かで別れてしまう。

 c,日本海側、太平洋側双方に面する州とするかどうか。bとも関連するが、中四国か、四国か、新潟を関東に含むかはそういう側面がある。

 d,財政力かストロー現象回避か。北陸で意見が分かれるのは大阪、東京、名古屋など巨大都市と同じ州でないと、財政的に厳しく、さりとて州都への集中化が進む懸念もある。

  Ⅳ  道州制への反発、疑問論を概観して

 兵庫、福島の知事の否定的見解や、慎重論。一般国民の反対論を概観すると以下のような面が強い。

 まず隣りに州都となる府県があり今の県が衰退する懸念、県が股先になる危険性(福井、長野など)、県が道州制だと州の隅になる(高知など)。行政と市民の距離感が遠くなる(高知など)。行政と市民の距離感が遠くなる。国の支配力が逆に強まる懸念。県への愛着。一方で国→道州制→都道府県→自治体の四段階になる無駄が増える懸念もある。

 

  Ⅴ  道州制への移行や方向性をどうするか

 現状では地方制度調査会が主張の、全国で同時に道州制への移行は難しい。それと州都争いはその地方で決めるか、国がどの程度介入し、調停するかの判断。出来る限り道州制単位での自立が望ましいとはいえ、それが地方交付税の削減を早急に行うと、地方の衰退と東京への集中の悪循環ともなる。

 大前研一氏や道州制推進連盟の案はそういう懸念が強いが、自分の所に州都を呼ぶことを前提にした我田引水型の区割り論も問題である。そして小泉=竹中流の路線の中で、格差拡大が指摘されるが、道州制の施行はそれを推進、または黙認するかや、否定する方向にするか。また過去の道州制提案は堺屋太一氏、八幡和郎氏のように、首都移転とも関連づけていることが多い。小泉内閣で遷都議論は休止しているが、民意の聴取と共に、道州制と遷都を併せて議論を欠かせてはならない。

(終わり)

2006年4月11日 (火)

日本道州制研究会3月例会の配布資料の紹介その1

 日本道州制研究会3月例会(3月18日) 発表:報告者 山中鹿次

発表題目「道州制区割り案の問題点」

‐第28次地方制度調査会方針案を中心として‐

 はじめに

 長らく検討されていた、第28次地方制度調査会の道州制についての検討が、導入が適当という方針が出された。その導入については、財源や基礎自治体の問題も重要だが、明治の廃藩置県以来の地方制度改革だけに、その区割り検討は最重要課題といえる。

 それは都道府県制度に、いくつかの問題点はあるが現実に実行支配している以上、その移行をどうするかや、県への愛着、州の隅になる区域、州都の問題が無視できない。調査会は複数案を提示したことは適切ではあったが、今後、答申資料が細部公開され、個別の課題が明らかになるだろうが、以下のような部分が調査会なり、道州制論で欠かせないのではないか。

 Ⅰ  今回の区割り案と各方面の案とのギャップ

 今回の区割り案で、当初あった8区分(関東、甲信越で一つ)が無くなり、消えかけた13区分案が復活した。これは関東:甲信越の肥大化を避ける意図のようであるが、調査会案は国土交通省の地域区分、高等裁判所の数と比べて小さな単位を模索しているように見える。

 またどちらかというと、東京以西の事情や、提言案があまり配慮されていない。長野を中部に入れる案が無かったり、三重を関西(近畿)に含む案がない。

 Ⅱ  道州制案の傾向

 地域単位、有識者で提案されている道州制案を概観するとおおよそ以下の傾向があると思う。

 a, 大道州制。名越正生氏のように、関東、東北を同じ州にしたり、日本文化研究センターの川勝平太氏のように、北海道、東北を同じ州にする案。福井県青年会議所の中央州(近畿、東海、北陸で一つ)もそういう案で、良く言われる地域が複数で一つになるのが特徴。

 b, 中道州制。北陸、東海で中部、中四国で一つ、沖縄を九州に含めて7とする案(山中案)や、今度の調査会の9区分案。

 c, 小道州制。沖縄を単独したり、北陸で一つ、東北を南北など概ね10以上の区分。11、13の地方制度調査会案や、深川保典氏の『東京改都』(中公新書ラクレ)のように最大、17区分案がある。静岡の政令県構想も州としたり、都道府県連合が州に移行すればそのまま州に変わる可能性も強く、小道州制となる公算も強い。(続く)

2006年4月10日 (月)

道州制でのアンケート熊本、神奈川の場合、格差社会、阪神金本選手の快挙に思う、日本道州制研究会4月例会のお知らせ

 道州制に関するアンケート回答 熊本、神奈川の場合

 4月6日の熊本日日新聞では、市町村合併や道州制についての県民モニター調査が公表されていた。市町村合併はもうすべきではないが20,2%。

 一方で合併支持は地域主導でさらに進めるべきだが、18,0%。地域の機運が盛り上がるまで静観すべきだが、34,6%と一番多く、県が推進するを含め、地域性を重視しながら必要性は6割が肯定していた。

 また道州制については、地域性が失われるので反対が31,4%、地域住民の機運が熟成するまで進めるべきでないが、18,0%と慎重意見が半分ほど。地域の判断で進めるが21,9%、国主導で進めるべきが8,3%と慎重論が多かった。

 また熊本市の政令指定都市移行は、他の市町村との格差が拡がるが38,1%、その必要がないが、10,9%。賛成派は37%であった。

 

 一方、東京新聞掲載の神奈川県が行ったアンケートによると、道州制について知らなかったが53,4%、言葉を聞いたことはあるが内容は知らなかったが18、9%で計71,9%になった。なお現行の都道府県の区域の広さについては、今のままでいいが73%で、区域を広げるべきが10,7%にとどまった。

 なお首都圏自治体の広域連携の是非は積極的に進めるが66%、どちらかというと進めるが25,1%になった。

 熊本、神奈川のアンケートを見ると、市町村の連携の必要性を肯定しているが、政令市や道州制については、イメージがよくわからず、にわかに賛成しかねることが想定できる。

 

 阪神:金本選手の快挙に格差社会是正のヒントを見る

 昨日の金本選手の快挙については、晩成型やキャリアにかかわらず登用されることの大切さを見ることができた。東京ではなく仙台の大学、広島、関西のチームと道州制区割りの中核地域のチームで、はぐくまれた記録であることに、何か心洗われる思いがする。これについての紹介は以下で掲載しています。

 http://blogs.yahoo.co.jp/zenikinnyama/31292414.html

 

 日本道州制研究会4月例会の御案内

 4月15日、午後1時30分から4時まで日本道州制研究会4月例会を、大阪府立青少年会館第2会議室で行います。場所はJR、地下鉄森ノ宮下車西へ400m、06-6942-2441です。今回は個人発表者がいませんでしたので、政局がらみで「どうなるか民主党」ということで、出席者で討議いたします。

 当日参加費500円、多数の参加お待ちいたします。   

2006年4月 9日 (日)

日本道州制研究会会報4に掲載「最近の道州制に関する動きと提言」その4

3)道州制の施行に残された課題と首都移転問題

 議会の設置と首都移転の候補地

 区割りに次いで道州制の施行に際して残された課題としては、今日の県では議会や知事が選挙で選出され、総理大臣を直接選挙しないものの、議員を選挙で選出する。県なら長野、岩手のような大きな県で無ければ日帰りで議会が開けるが、道州制の施行で議会を開くとなれば、州都に議員会館を置いたり経費がかさむ懸念があるし、議会や首長が無ければただの国の管区の寄せ集めに過ぎなくなる。

 国、都道府県の議員定数の削減した分を道州制の施行の際に、道州制議会に振り分ける対応や、IT社会の中で道州制は生まれることを考慮すれば、審議はインターネットやケーブルテレビを使った市民に公開された議会とし、いちいち現地に赴く負担と経費を軽減する。また予算など重要案件の採決の時に一同が集まり、議決を集中的に行う方式を採用し、行政の肥大化を避ける理由で議会や首長を選ばなかったり、従来的な方法で経費がかさむ二者択一的選択を避けるべきだろう。

 また今の小泉内閣の中で中断しているが、道州制の施行と連動して、首都移転の候補地決定と実施を図るべきである。有力候補地として関東北東部の那須地域への移転を模索する意見もあるが、これでは単に関東、東京圏の肥大化に過ぎず、主要道路が東北道、新幹線が東北新幹線しかない。

 それよりも三重から滋賀にかけての通称幾央地域や、岐阜県西濃、あるいは南部地域であれば、福井県敦賀港から伊勢湾、大阪湾と異なる海上航路の拠点が日本列島の中で最も近接し、北陸、中央、東名:名神と陸上の主要道路が近接し、空港が中部、関西の新空港。新幹線も東海道と北陸と、中央ルートの新設で複数以上になり、地震などでどれかのルートが使用できない時の補完が容易である。また地域的西日本、東日本の文化的境界であることから、このあたりへの首都移転を実施すべきである。

 道州制と日本再生

 財政破綻などマイナス面ばかりが強調されがちだが、バブル経済の失敗の学習効果や、世の中を支える世代が団塊の世代以下に変わりつつあることや、道州制を下支えする市町村合併や、企業や行政の透明化が強く求められる側面など、明るい材料も多いのである。道州制と首都移転は縦割り行政や役人のキャリア制度を打破する絶好の機会として、活用し、日本再生の原動力として、活かしたいものである。

 付記

 本文は2004年5月15日、9月18日の日本道州制研究会での二度の「最近の地域再編と道州制、市町村合併の動向と課題」の発表内容を整理して、若干の追記の上、作成した(2004年10月30日稿)

 *誤字の補正、行の改めをのぞいて、会報掲載の内容自体は補正せず、そのまま掲載した(この稿終わり)

2006年4月 8日 (土)

日本道州制研究会会報4「最近の道州制に関する動きと提言」その3

 2)道州制の区割りの試案と調整地域の提唱

  道州制の区割り私の試案

 道州制の施行に際して、現行の都道府県の扱いをどうするか見解が分かれるが、日本国民の都道府県の愛着の強さや現行の市町村合併と、引き続く道州制が軌道に乗るまである程度の時間をようすることと、明治時代に県と共に施行された郡制が無くなったのが、大正に入ってからのように、県は当面存続ということで道州制を施行した方が、道州制に対する心理的忌避感が少ないと考えられる。その上で道州制と区割りとして、以下の案を提言する。

1,北海道(州都:札幌)

2,東北道(東北六県:州都:仙台)

3,関東道(栃木、群馬、茨城、埼玉、千葉、神奈川、東京。東京の肥大化を避けるため、東京と成田空港の間の千葉市から幕張にかけての地域に州都を置く。東京を一つの州として浮島的にしないが、今日の国の出先機関が東京単一で出来ているものなどまとめた特別管区とする)

4,中部道(新潟、長野、山梨、静岡、岐阜、愛知、三重(旧伊勢)、冨山、石川、福井(嶺北)。州都:名古屋。なお北陸と甲信越の単位で、国の出先機関が形成されているものを統合して特別管区とする)

5,近畿道(滋賀、福井(嶺南)、奈良、京都、大阪、和歌山、兵庫)州都:大阪。大阪が近畿の中央部で瀬戸内航路の東端部の利便性の高さ、近畿の経済的集積を図ることで、企業の本社の東京移転を防ぐため、近畿から浮島的になる特別管区としない。

6,中国:四国道(岡山、広島、山口、島根、鳥取、香川、徳島、愛媛、高知。四国は特別管区とする。州都を広島県福山市付近にして、県東部の広島新空港の活用や、島根~尾道、尾道~今治ルートの有効活用を図る)

7,九州:沖縄道(福岡、佐賀、長崎、大分、熊本、宮崎、鹿児島、沖縄。沖縄は特別管区とする。州都は今日の福岡市でも水不足が深刻であり、九州の交通の要である点や筑後川流域で水不足のの問題が少ない点。佐賀空港も活用できる点から久留米:鳥栖地域に設定)

 日本文化研究センターの川勝平太氏のような東北、北海道を一体とした案では、今日の東北の仙台中心の経済圏が活かしにくいし、2004年8月に道州制推進連盟の方で作成された松井試案では富士川以東の静岡や新潟を含み、日本の人口の約半分がそこに含まれるため、東京圏の肥大化の歯止めにならず、北関東や大阪で一つの州とする江口克彦氏の案(『脱中央集権国家論』2002年PHP研究所)では、やや細分化されすぎる感が否めない。今、仙台にプロ野球の球団があることになり、道州への国民の帰属意識が高めやすくなり、道州制の心理的忌避感の緩和に有効であり、異論はあろうが道州制の区割りを7とすることが妥当といえる。

 

 道州制境界地帯特別交流特区の提唱

 道州制の施行に際して、区割りで意見が分かれる地域や、同じ県で州が分割されるケースの場合、強制的に分離するのではなく、これをむしろ特性として活用して、今日の省庁で管轄範囲が違う地域を交流特区として活用すべきである。

 たとえば州税を徴収する際に、近畿に編入される三重県の伊賀地方は州税の4分の1は中部に納めたり、役人は4分の1は中部所属とするような対応。新潟の場合は今はNHKの地域管轄は関東と一体なので、道州が中部になっても、関東地方のニュースの時間を設定するなどの工夫。災害や広域犯罪への対応も交流特区では双方の道州が対応にあたることで、今の県の枠が道州制になっても生じうる縦割り行政の緩和に有効である。

 なお交流特区として、現行の県と関連する道州として、以下の地域を提唱する。

1,新潟県(東北、中部、関東)2,山梨県(関東、中部)

3,静岡県伊豆地方(中部、関東)4,福井県(近畿、中部)

5,三重県(近畿、中部)6,徳島県(近畿、中四国)

7,山口県(中四国、九州。特に県西部は北部九州の文化、経済エリアで関門海峡は海上保安庁は九州の管区で、気象庁の管区は山口は九州の管区である)

 (続く)

2006年4月 7日 (金)

日本道州制研究会会報4掲載「最近の道州制に関する動きと提言」その2

 道州制の区割りの困難さと近畿の事例

 

 近畿(関西と呼称するか議論が分かれるが)が、広域的な近畿と、狭い範囲の近畿があり、どちらを採用するかの問題がある。NHKや郵便、警察の管区は二府四県(大阪、京都、兵庫、滋賀、奈良、和歌山)で、地理学では三重を加えた二府五県。国土交通省の近畿圏整備計画や、河川管理は福井県を加えて六県となり、経済産業省の経済指標報告では徳島を加えた七県となり、関西州設立の動きが近畿(関西)の政財界を中心に提唱されることが多いが、具体的な区割りの提唱には至っていない。

 中部、あるいは東海にも分類される三重県の場合、2003年11月に伊賀上野市で開催された伊賀上野シテイマラソン参加者を例にすると、大阪府の人口を100とすると、愛知県の人口は81だが、大阪府の参加者を100とすると、愛知県からの参加者は60,8に過ぎず、大会を後援した読売新聞が津など伊勢地方が中部本社管轄なのに対し、伊賀地方は大阪本社管轄のように、同じ県の中別の地域ブロックに分類されている現状や、人の流れがあり、同じ県は同じ道州にこだわった場合、区割りの設定は相当に困難がつきまとう。

 同様の例は福井県でもあてはまり、北陸自動車道建設の際も、琵琶湖西岸を通過し、関西に直結する湖西線沿いのルートが有力視されていた経緯がある。今は未定の北陸新幹線の大阪までのルートを、名神高速道路同様に米原に接続させると、名古屋への利便性が増し、福井は中部に入れるのが適当と考慮でき、高速交通網の整備のあり方でも道州制の区割りは変わるし、逆にどの道州に入れるかでも、高速交通網の整備のあり方を計画する必要もあるといえる。

(続く)

2006年4月 6日 (木)

日本道州制研究会会報4に掲載「最近の道州制に関する動きと提言」その1

 日本道州制研究会会報4 地方分権フォーラム2004に掲載

「最近の道州制に関する動きと提言」 山中鹿次

 論文の紹介

 月に1回、第3土曜日に大阪府立青少年会館で開催している、日本道州制研究会の会報(2004年の発表、提言を元に2005年3月に発行)の、第4集に掲載の、私、山中鹿次の執筆した「最近の道州制に関する動きと提言」を掲載します。数回に分けて掲載します。

 はじめに

 最近は所謂平成の大合併による市町村合併とともに、都道府県連合や、道州制の施行に関する議論が盛んになりつつある。道州制の施行に至る課題に触れつつ、道州制の施行に向けての提言を行うこととする。

 1)道州制施行への動きと課題

 2003年11月の衆議院選挙アンケート調査と北海道先行実施論

 今の小泉内閣の公約の中に道州制の検討があり、その中で北海道の先行実施論も浮上している。与党の自民党の中にも道州制推進議員連盟があり、民主党は積極的に公約に掲げているが、その支持の度合には政党や政治家の一致を見るには至っていない。公明党、社民党などは全体的に明確な反対ではないが、支持に至っていないし、共産党や民主党でもタカ派で知られる西村真悟氏が道州制を支持せず、全国の知事同士で結成されている道州制研究会には石原都知事の東京都は参加せず、いわば左右の両極が道州制に否定的なのは、ある種物事を単純化した思考にもとづき、変革を叫びながら変革が自分の思いつきに止まっている表れといえそうである。

 そのような中で、北海道での道州制の施行が先行して浮上しているのには、おおよそ以下のような背景が考慮できる。まず北海道が一つの島で後述する区割りでもめる問題がないことや、拠点都市が札幌であることに異存はないので、州都が札幌で異論が出ない点がある。またテレビ、新聞のエリアも北海道で一つの単位のため、情報の告知も容易なことや、既存の北海道沖縄開発庁の行政が国、道の双方に理に適わない側面の是正があげられるだろう。

 北海道だけでも先行的に道州制を施行することは、全体的な施行に向けての意義は大きいが、法的整備や権限、財源委譲がないと既存の北海道とどう異なるのかが明確でないし、それを行わないと単に国の出先機関の集合体に止まるので、段階的に法的整備や財源委譲を実施すべきだろう。

 道州制と区割り問題

 今日、道州制の施行に関心が高まりつつあるものの、その際に最大のネックになるのは道州制の区割りであろう。昨今の市町村合併にしても、新しい市の名前やどの市町村をどう組み合わせて合併するかが決められず、計画が破綻するケースが多いことを考慮すれば、道州制施行で都道府県を廃止するかを含めて、現行のどの都道府県を組み合わせるか(あるいは県を分割して別々の道州にする)は、相当に大きな問題となりそうである。

 全国の知事で道州制の施行に賛意や検討課題にあげる声は高まっているものの、区割りの具体案を提案するには至っていないし、道州制推進で見解を述べている論者についても、12くらいから4の範囲、平均して7前後の道州を設定しているケースが多いようである。その詳細や、誰がどのような案を提出しているかは省略するが、具体例で中国、四国を一体として道州とした場合の問題点に触れると以下のようなことが考慮できる。

 まず経済規模で四国で一つの道州というのは小規模すぎる(よく北陸、四国といった単位でも、スペインなどと同じGNPになるという紹介のされ方がされるが、貨幣価値の違いなどが考慮されず、隣接するのがスペインではなく、近畿であることが考慮されていない)が、これに利便性を考慮すると、四国で道州どころか県を温存してほしいという声も考慮できる。

 事例を示すと四国四県はテレビ放送のエリアでは、徳島は近畿と同じ、香川は岡山と同じ、愛媛は広島や大分のテレビが映る地域が多く、高知だけは他地域のテレビ視聴が出来ず、ある種四国で最も四国らしいといえるが、中国地方と一体になった場合、今、高知から大阪へは7往復の飛行機が飛んでいるが、広島へは1往復のみである。

 また中村市など高知県の西南部の地域では、たとえ四国で道州が出来ても、州都が瀬戸内海側では県が廃止されると相当利便性が損なわれることが考慮できる。道州制施行のメリットとして、県の廃止による人件費の抑制効果は挙げられるものの、交通の不便な場所への配慮が図られるか疑問である。

(続く)

2006年4月 5日 (水)

地域の話題と道州制との関連

 今日の熊本日日新聞から

 今日の熊本日日新聞に、非常にほほえましい話が出ていた。菊池市の泗水中学の卒業生が、担任だった方が臨時講師だったが、年齢から2006年度で教員試験の受験年齢を過ぎてしまうので、目標の3千人を上回る7073人の署名を集め、潮谷知事に提出し、知事も検討を約束したという話しである。

 7千人という方が署名をした重みや、高校入試に前後した時期に署名を集めた中学生の気持ちとともに、香山リカさんの『貧乏くじ世代』という本を思い出す。

 署名の対象になった方は1970年生まれになるが、香山さんによれば1970年代生まれは団塊ジュニア世代で人数が多く、入試は激烈で卒業すれば、不況で未曾有の就職難になる。ニート:フリーター問題が社会問題となっているのも、この貧乏くじ世代に就職の機会が限られたことが尾を引いたのだが、署名の対象の方もおそらくは採用が少ないまま、時間が過ぎたことが想定できる。

 長い不況に小泉=竹中の格差是認政策がこういう状況に拍車をかけたが、最近は小泉路線の継承色の強い安倍官房長官でさえ、再挑戦できる社会への再生を言い出している。

 いつも思うのが、日本社会は政治家や経済人はやたら年齢が高いのに、普通の就職は何が出来るとか具体的に問わないのに、新卒者中心で多くの場合、年齢何歳で採用試験が受けられなくなることに、どんな不都合があるのだろうか。

 熊本県にはこの先生を救済するという意味合いでなく、格差社会や貧乏くじ世代の解消のためにも、定年が65歳なら60歳まで門戸を開放するくらいにしてほしい。

 こういう流れを道州制に先立ち、九州全体に拡げてやがて、日本全体に拡大する。弥生時代ではないが、九州がいろんな意味で先進性を発揮することを期待したい。

2006年4月 4日 (火)

道州制の歴史的視点と現代的視点、道州制設定の目的、イメージ像

 日本道州制研究会会報2掲載の論考

道州制の歴史的視点と現代的視点(文化的、社会的側面を中心として)

 

 上記の内容は1993年9月に日本道州制研究会で、私が発表し、日本道州制研究会会報2と、日本道州制研究会会報で公開されているのもです。以下をクリックしてご覧ください。

http://www4.osk.3web.ne.jp/~nishida5/nisida/dousyu/ronbun/d2_7.htm

 道州制設定の目的、イメージ像

 これは道州制推進連盟 http://www.dohshusei.org/

の会議室と呼ばれる、BBSに私が作ったスレッド名です。このスレッドを作った趣旨として、以下のことを述べています。

 道州制推進連盟の案や、地方制度調査会の答申、世論の動向を含めて、道州制という制度が今まで実施されたことがないため、そのイメージにギャップが大きく、道州制について述べているブログの多くで、大前研一氏が最初に提唱したように、述べていることもあります。これらは明らかに誤解ですが、私の考える道州制設定の目的、イメージ像は以下のようになります。

 1,東京集中化の排除。これ以上の東京圏への集中は、地方経済への悪影響のみならず、防災や水不足の懸念のため、どちらのためにもならず、道州制で地方ブロックの充実を図る。

 2,経済格差の是正と中央集権の弊害の是正の両立。これまでは北海道や沖縄の経済格差是正も、東京の中央政府支配力で再配分したが、昨今の自立に名を借りた地方切り捨てではなく、道州制での広範な地域の相互扶助によるものとする。

 3,県の枠の矛盾の解消。福井県嶺南のような近畿(関西)を志向しているが、福井県という枠組みでは北陸扱いされたり、伊丹、関空の競合現象の回避が行いやすい。

 4,文化の充実。テレビなどスポンサー確保から、地方の県は民放が少なかったり、その一方で東京からの報道の比重が高いが、道州制で地方が結束すれば、文化の画一化ではなく、独自性が発揮しやすくなる。

 5,行政の点検と国民意識の向上。道州制を意識することで、国と地方自治体の役割の点検が図られることや、国民の政治意識の向上が図られる。

 皆さんで道州制推進連盟会議室の、上記スレッドへの参加、提言よろしくお願いします。

2006年4月 3日 (月)

一段落の市町村合併、堺市の政令指定都市昇格や道州制との関連

 一段落する市町村合併

 4月に入るまでに、全国各地で市町村合併が相次ぎ、近辺では兵庫県の姫路市が安富町など含めて合併し、去年訪れた熊本県三加和町が、これも訪れたことのある菊水町と合併し、和水町になるなど、全国的にかけこみ的に合併がすすんだ。

 これは新年度や、合併に伴う特例債など優遇措置と関連するが、ひとまず市町村合併は落ち着いたものの、来年以降も新たな形で、市町村合併熱が高まる可能性が強い。

 

 道州制を睨んだ市町村合併、政令指定都市構想

 今後は道州制になれば、今の県にこだわらず、経済圏を同じくする熊本県荒尾市と、福岡県大牟田市が合併したり、道州制の州都を睨み、今の新潟市が周辺市町村を多数合併して、政令指定都市に昇格したように、熊本市などが周辺町村を含めて合併して、道州制の州都を意識しだしているし、岡山市、金沢市あたりも同様の選択をする可能性もある。

 実態の伴わない70万の政令指定都市

 今度、政令指定都市になった堺市は美原町と合併したが、走っている地下鉄は大阪市営であり、従来の100万かそれに近い基準の政令指定都市だと、地下鉄か新交通システム(モノレールなど)があり、京都のように近くに大阪があるケース以外、球団があったり、あるいは市立大学があったりする。

 100万くらいの都市と、そうでない都市では、都道府県に近い権限与えられることは変わらないが、文化、経済的に集積がやや不足している。一方で世田谷区のような政令指定都市並みの人口の区さえある東京との対比を考えると、70万の都市が100万にどれだけ近づけるかと、四国のように70万の基準の政令指定都市を含まない地域が、単独州を目指すのは、財政的にやや苦しい感じがするのは私だけだろうか。

 来年の統一地方選挙を含めて、政令指定都市構想や市町村合併、道州制を睨んで目が離せないことで締めくくりたい。

2006年4月 2日 (日)

格差社会問題と教育格差、道州制

 4月1日の朝まで生テレビ、格差社会問題 ‐教育格差‐

 4月1日の朝まで生テレビで、現状の格差も問題だが、低所得層が豊かな教育が受けられず、格差が固定される懸念が固定されていた。有名大学に入っている人の親の年収は、1千万を超えているケースが多く、こういう言い方は失礼だが、底辺高に通学する生徒の親は概ね収入が平均以下の所が多く、東京の中でも町工場など、景気回復の恩恵を受けていない、足立区などでは給食費など補助してもらっている家庭の割合が高く、一方では、都心の裕福な区では区立ではなく、私立中学を受験するのが当たり前の風潮になっている。

 

 東京周辺と地方の現状は違う

 だが東京のできる子なり、裕福な子は私立に行くのが当然の風潮で、今の公立では受験に勝てないとか、教師の力量が低いという識者がいうこともおかしい。というのは開成高校とか東京で東大合格者をたくさん出している高校はあるが、大阪や愛知でも最難関の高校は公立だし、概ね地方の府県では県庁所在地にある伝統校が名門とされる。

 それが一方で弊害にもなり、どこの大学より、地方の県ではどこの高校を出ているかで、地方銀行の中で出世が違うようなこともあるが、東大などの受験で公立が全く歯が立たないというのではない。

 後者の地方の公立名門校信仰の風潮なんか、あまり語られず、東京の状態を見て公教育が崩壊していると言い切るのも、あまりに短絡的ではないだろうか。

 

  ゆとり教育の是非と格差問題

 一時期、日本の教育の過密さが指摘され、カリキュラムの削減やゆとり教育、総合学習の導入が図られたが、それでは学力がつかない、受験に勝てないなどの論法で見直しが図られているのが現状である。

 ゆとり教育については、格差是正論者では森永卓郎氏、斉藤貴男氏らがそれで、公立から有名校に行きにくくなることなどで否定的である。一方で宮崎哲弥氏らは肯定的である。

 2002年6月の中央公論に宮崎、斉藤両氏のこの問題について対談しているのがあり、両方の意見は異なるが、どちらを選択するにしても、弊害と利点が出る。どこかでこの対談は一読されたいが、斉藤氏の気持ちはわかるが私は後者の論者である。

 大平光代助役時代に大阪市の教育改革で、習熟度別にクラス編成をした。これは大平さんが不幸な境遇から弁護士になったり、非行に走る子どものサポートをした経験から、この意図を斉藤貴男氏らが指摘する、階層固定を目指すのではなく、できないということが絶望感に繋がらない配慮である。

 ヤンキー母校に帰るのモデルの先生が、ゆとり教育だが総合学習で何をやるかなど、現場に安易に丸投げしないことを提唱していた。個人的には教科教育はわかることを確実にやる一方で、総合学習で縦割り的なことでなく、児童、生徒が関心のあるテーマを徹底して、やることが大事かと思う。

 なお問題点はあるが、ゆとり教育にしなければならないことは、以下を参照してほしい。

http://blogs.yahoo.co.jp/zenikinnyama/3058990.html

http://blogs.yahoo.co.jp/zeniknnyama/1196473.html

http://blogs.yahoo.co.jp/zenikinnyama/1460708.html

 晩成型人材の活用を

 

世の中を見ていて、高校くらいまではぱっとしないが、実社会で大活躍している方がいる。ゆとり教育の是非についてどうなのか知らないが、芸能界だと底辺高に近い高校卒だが、島田紳助さんや、渡辺満里奈さんなんかむちゃくちゃ頭いいし、偏差値38で横浜市長になった中田市長や、その横浜で教育委員をしているヤンキー先生。

 また宮崎哲弥さんも大学は慶応だが、札付きの悪が多い工業高校に行ってたそうである。私も実は晩成までしていないが、そういう部類であった。

 あるいは建築家の安藤忠雄さんもそうであった。中田市長以下、みんなゆとり教育論者だが、自分も含めて高校までは勉強が得意でないレッテルが貼られたのだが、高校までは教えられた内容に即答的能力が問われ、入試も最近は小論文がある場合もあるが、そういう能力がほとんど問われる。

 だが大学では試験が論述形式になったり、トータルなことを整理して自分の意見を述べたり、実社会ではそういう流れで判断して暮らすのだから、後者の方が優れているケースがいっぱい出てくる。

 勝谷雅彦のように大学全入時代を質の低下と決めつける人間もいるが、彼の母校の灘高校から東大のような特定階層から、官僚という硬直化した流れより、たとえ後者のような人間が100人に5人でも、その5人から優れた人材を拾い出す方が賢明ではないか。教育格差是正を検討する専門委員は、極力、晩成型から登用することが望ましい。

 

  地方の事情、個人の専門性を活かした格差是正

 熊本日々新聞を見ていたら、農業高校の分校の女生徒が地域の自然体験カリキュラムを学んでいた部分が評価され、熊本大学のスポーツレクレーション専攻のある学部に推薦入学で入り「普通科に入学していたら、熊本大学に入れなかった」という発言があった。また新潟大学の工学部に工業高校の生徒が推薦入試で入り、大学もトップで卒業したケースが紹介されていた。

 これが同じ入試なら英語など普通科と職業高では教科内容に差があり、上記のようなことは起こらない。だが地域特性と個々の優れた部分を評価すれば、こういう現象は起きてくる。これなら特定の高校目指して塾通いの必要はない。

 文部科学省の硬直した体制では、なかなかこういう理に適う裁量ができないが、市町村や県に裁量の部分をおろしすぎると、県の有名高優先主義の懸念も出る。その点、道州制なら、国の中央集権弊害も排除できるので、教育格差是正策の浸透にも有効ではないか。

 また教育格差是正には、有名校卒でほとんど占められるマスコミの体質、報道の仕方も検討すべきで、昨年のNHKのプロジェクトXの虚報問題など、その弊害、蔑視が色濃く出ている。地域を見る重要さは以下でご覧ください。

http://blogs.yahoo.co.jp/zenikinnyama/3941598.html

2006年4月 1日 (土)

昨夜の朝まで生テレビ、格差社会問題と道州制の活用

 昨夜の朝まで生テレビ‐格差社会特集‐

 昨日の朝まで生テレビ(私の場合、放送時間帯は寝ていて、いつも朝から生テレビなのだが)は格差社会問題であった。最近はどん底時よりも景気の回復感があり、有効求人倍率は東京など1,5くらい、全国的にもほぼ1くらいに達しているものの、青森、高知などは0,5以下。

 年金保険料未納者が4割近く、健康保険も国保の未納が増え、世帯で貯蓄ゼロが4分の1程度、富裕層と貧困層の落差など示す指数であるジニ係数など、世界でもトップクラスになっている。またニート、フリーター問題や、自殺者3万人の現状など、ホリエモンなどが勝ち組とされ、こういう人が負け組と称される風潮に対して、各種世論調査でも格差の拡大を指摘する声や、新聞、雑誌の特集や、山田昌弘氏の『希望格差社会』、斉藤貴男氏の『機会不平等』のような、格差問題を指摘する著書が増えている。

 節度に欠ける勝ち組

 所謂勝ち組(それが金銭的なもので、社会的に好ましいか別なのだが)が、小泉首相、竹中総務相のように格差が拡がることを肯定し、むしろ推進している上、捕まったホリエモンのような拝金主義が横行している。

 欧米ではキリスト教的倫理観のせいか、富裕層は寄付、チャリテイ、ボランテイアに熱心だったし、以外と明治生まれの経営者に、近鉄の佐伯勇会長のように、赤字の子会社でもちゃんと、近鉄のグループだと昇給させたそうである。そういう意味で日本の富裕層には非常に慈悲の部分がかけている。

 

 低賃金で社会の底が抜けている

 オランダが実施しているワークシュアリングや、同一賃金、同一労働のようなことを提唱すると、悪平等や勤労意欲が低下するという声がある。だがわかりやすい方法で解説しよう。平均年収とされる500万を月20日で計算すると日給は20833円、時給になおすと8時間労働で2604円である。正社員なら厚生年金、健康保険も半分費用負担で、収入が4~5倍のサラリーマンが、年収200万の人と同じ健康保険料。

 求人が回復したといっても、パートの時給は700円~800円。つまり平均サラリーマンの3分の1、健康保険負担とか割高で、公務員や大企業の社員のように安い保養所が使えるのでもなく、低所得者が逆に高負担していることも多いことが見過ごせない。この方が妬みや無力感、所謂希望格差に繋がっているのではないか。

 少子化対策、生活保護を出さないためにも、キチンとした賃金を

 今、生活保護者が増え、一方で不正受給が指摘されたり、非常に困窮している人がもらえないという問題も生じている。よく指摘されるが生活保護の給付よりも現行の、負け組とされる賃金が安いとう現状を、少しずつでも変えるべきである。バブルの頃にも生活保護者やホームレスがゼロではないにしろ、キチンとした賃金の支出が必要である。

 年収の高い人は結婚しているが、派遣労働で働いている人は結婚に踏む切れない。一組の夫婦に二人の子どもが生まれても、低収入で40%の人が結婚出来なければ、出生率は1,2にしかならないのである。

 (なお少子化問題についてはこれもご覧ください。http://blogs.yahoo.co.jp/zenikinnyama/4962629.html)

 昭和30年頃はマンガ「三丁目の夕日」のような貧しさはあったが、池田内閣の所得倍増計画のような貧困改善に熱心であった。またそれがテレビなどの普及に繋がり、成長を拡大させたことを忘れてはならない。

 

 私の改善策、賃金格差問題、所属で明暗を分けることの改善を

 たとえば経済:産業の移り変わりが激しい今、正社員が増やせないのはわかるが、それでも正社員とパートの賃金差が10対3など許してはならない。森永卓郎さんのいう『年収300万』の担保を図るべきである。たとえば500万×0,6で300万である。

 これが今のパートの時給の倍程度の1500~1600円に今すぐ無理でも、5年計画で時給を150円ずつあげることを法制化するのである。すると正社員の六がけで週40時間労働で年300万が担保できる。経済のグローバル化などでそれに反対する人もいるだろうが、中国の人件費も相当高くなり、運送コストを考えるとまさかアフリカでとも行かず、グローバル化を理由にして貧困層を放置して、少子化、消費の低迷、税収不足、生活保護費の増大や年金保険料の未納、犯罪の増大と図りにかけた時、 どちらが賢明な策か明白である。

 今、大手企業のサラリーマンのかなりが年収1千万を超えるが、たとえばテレビ局で東京のキー局の正社員と地方局や下請け会社の社員の給料は、半分以下のことも多い。だがこれは能力の差ではなく、「どこに所属できるか」の差である。

 プロ野球選手のエースと二軍選手のような、明白な実力差ではない以上、身分が保障された方が高給で、実際に仕事をしていただいている方の給与が「使わない」という脅しで、ゼネコンと孫請け会社の単価のように、どんどん下げることを許してはならない。

 今、公共事業の談合摘発がすすんだこと自体は歓迎すべき風潮である。しかしそのことは工事単価の削減を招き、ゼネコンは自分たちの利益は削らないから、下への支払いを絞り耐震偽装や下請け会社や労働者の賃金削減を招いている。国に支援された大手ゼネコンの方が給与が高いのはおかしく、公共入札の条件に下請け企業、現場作業員への最低保障など強力に義務づけるべきである。

 年金、保険の一本化問題、道州制と格差是正

 たとえば年金は当然一元化だが、健康保険も一元化を目指す。たとえば法人税を高くするが、会社が健康保険や年金負担しなくていいのなら、今の国民健康保険に税補填でき、会社が余分な負担もしなくてもいいので、正社員も採用しやすく、会社の支出は今も代わらない。国民もどこに所属しても、等しく同じ給付の健康保険が使える。

 それと年金は税法式にして、社会保険庁を廃止して国税庁で管理する。収入が把握できるので、年収150万(週20時間パートの主婦など想定)なら月に保険料が5千円とし、年収500万で今より多少高い1万5千円。年収1千万で月3万あたりを増減にする、極度の累進制ではないが、負担可能なラインを設定すべきである。

 なお低所得者の方が高負担になる現象として、銀行のローンなど正社員でないと設定できないことがほとんどである。そこで今の年金保険料を担保にして、積算された保険料の10分の1とか、50万あたりを限度額として、年金を今、生活に支障が出た時1年以内の返済なら無利子のような制度を作るべきである。

 霞ヶ関では地方の生活実感が希薄で、自治体ではややまとまった社会現象が把握しにくい。道州制の制度設計の中で、格差是正の検討は重点課題とすべきであるし、竹中総務大臣のブレーンの本間正明氏のような、格差肯定、地方切り捨てになる道州制にしてはならない。次回は格差問題と教育について述べていく。

 

 

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