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2006年6月

2006年6月28日 (水)

道州制、日本と地域社会を学ぶための本その6、平松守彦『21世紀の地域リーダーへ、体験的自立戦略のすすめ方』

 平松守彦著 21世紀の地域リーダーへ 体感的自立戦略のすすめ方、

 東洋経済新報社 2005年7月刊

 2003年に政界を引退された前大分県知事の平松守彦氏の、最近の著書である。充実した内容で、全292ページを1時間40分で読み終えてしまった。著者が大分県で展開し、いまやアジア、アフリカの発展途上国でも成果をあげている「一村一品運動」のノウハウや、ワールドカップ会場誘致や、別府市にある立命館アジア太平洋大学の開学など世界との連携と交流の成果など、地方だからできないという発想ではなく、筆者の提唱する「ローカルにしてグローバル」という発想に基づいて、地方から生み出されたものでも、世界に通用することの必要性が成果をあげているといえる。

 またこの本の第8章で府県連合から道州制、連邦制の必要性を説き、結びの章でも道州制にふれている。なお地方分権の三つの柱として、分権(権限委譲)、分財(財源委譲)

、分人(優秀な人材)の必要性を説いている。

 平松氏は道州制は全国同時でなくても、やれる所から説いているが、道州制の実施には区割り調整と、地域の事情や情報に精通した人材が豊富という点では、九州での道州制の実施がよいさきがけとなりそうだが、道州制のみならず、地域活性化や人材育成に広く読まれることが望まれる著作である。

 定価1700円+税

2006年6月25日 (日)

今年も半年とマスコミの姿勢

 

 今年もほぼ半年経過

今年もほぼ半年が経過した。だが不思議なのが年末には今年一年の回顧が特集されるが、どうしてニュースの多い昨今、半年で一度、今年の前半を回顧する特集をテレビや新聞はやらないのだろうか?神道だと6月末は大祓という重要儀式がありそれだけ、一年の半分が意識されている。

 

 地方分権、地域の課題の特集を是非

 今年、2月末には道州制に関する地方制度調査会の答申や、この春でひとまず所謂「平成の大合併」が一段落した。NHKのBS討論でこのような問題の特集があったが、地方新聞の県内の市町村合併特集など盛んでも、テレビなどでもう少しこういう問題を取り上げてほしい。

 それと東京が2016年の夏期五輪に立候補しているニュースは、NHK、民放ともに相当大きかったが、それより先に立候補した福岡市のことはほとんど取り上げられておらず、東京が立候補したことでそれを知った方が多いように、地方が国際的行事に名乗りをあげていることなど、賛否は別にしてもう少し取り上げるべきである。

 たとえば「クイズ所変われば」という形式で、福井県や新潟県は何地方?とか、カップ麺の味が東西で違う話などから入り込んでもいい。もう少し東京からニュースを見るだけでなく、東北、九州といった単位で、どんなニュースが重要課題なのか取り上げてほしい。

 視聴者参加形式のテレビとブログ

 昨今はNHKの「つながるテレビ@ヒューマン」のように、記事に対して視聴者が自分のブログをトラックバックできる形式を採用している番組が登場している。アメリカや韓国のようにブログでの意見が世間を動かすまでには日本は至っていないが、今後はそういうことも起きてくるだろう。

 今、ブログの開設者は日本国内で900万近くである。するとそのほとんどはただの日記でもその0,1%が評論家レベルなら9千のハイレベルの言論でもある。KBS京都テレビで本日午後7時55分からの「どうする京都」という番組のように、有識者が京都の課題を話し合うが、番組BBSがあり、その中で良い意見を紹介しながら番組を進行している場合もある。

 つながるテレビでも時々2時間枠とか特番でもやるとき、そういう試みも取り入れるべきだし、つながる関西とか九州とかその地方版も是非ほしい。ただ折角の半年の回顧の時期に番組が二週休みなのは少々残念ではあるのだが。

サッカーW-CUPに学ぶべきこと

 日本敗退サッカーW-CUPに学ぶこと

 サッカーのワールドカップは惜しくも日本チームは敗退したが、サッカーを取り巻く事情から我々が学ぶことは以外と多い。ブログでもワールドカップの話題は多いが、私なりに学ぶべきことを提示してみたい。

 サッカーから地域を学ぶ

 サッカーが五輪と異なるのは、イギリスならイングランド、スコットランド、ウエールズ、北アイルランドの四地域が予選に出れたり、マカオもFIFAのメンバーである。今、国家間や民族紛争が今も消えないが、大きな独立性の強い地域単位で、国ではなく参加可能な方法は、今後の国際紛争の解決や道州制の施行を睨んだ場合、是非参考にしたい。またマスコミ報道でも、前回の日本のW会場やキャンプ地になった地域のその後も、是非紹介してほしい。日田市になった中津江村が集落の人がドイツのW-CUPを食い入るように見ているかなど、巨大スポーツイベント開催がその後、そのスポーツへの関心をどれだけ高めるのか是非報道してほしい。

 中田英寿選手の反応に対する日本人のスポーツ観

 中田選手の悔しそうな反応に対するブログでの書き込みが多かったようだが、イチロー選手や中田選手は新しい日本人の形を見る思いがつねづねよぎる。古典的根性論ではないが勝つために貪欲で、普通の日本人のスポーツ選手が猛練習の一方で勝つということに対して、どこか自信のなさが出てマイナス思考になることが多いのと正反対である。

 また日本ではスポーツが体育という言葉で語られ、そこではフェアープレーなり忍耐とか強調される半面、楽しさも勝つことも求められないが、そのために何をすべきかの方策が欠如している。イチロー、中田両選手はそのために何をすべきか真剣である。だがそのことは協調性がないと時に誤解され、一方で国際舞台にたった時その執念が我々に感動を与えていると思う。

 これからの我々に求められるもの

 日本では協調性の名の下、何か表面的な優等生が尊重されがちである。だがそのことがある場合は国際舞台での弱さや、昨今の少年事件の背景につながっていると思う。一見取っ付きにくいが、中田、イチロー選手のようにその才能を最大限高める貪欲さや、それを的確に見守る社会的評価の確立など、先のワールドベースボールクラシックとサッカーW-CUPが投げかけた我々への宿題といえるだろう。

2006年6月24日 (土)

相次ぐ少年事件その背景に思う、男性縦並び意識の歪み

 光市の母子殺害事件判決、奈良の少年放火殺人事件など少年事件に思う

 今週はこの二つの事件が国内では注目を浴びたが、いつも気にかかるが何故、少年は人を殺したり、ニート、一方でフリーター問題のような現象が起きてしまうのかである。男女平等意識もだんだん浸透しつつあるが、殺人、暴走族のような反社会的行動を少女が起こすこともあるが、圧倒的に少年の比重が多い。これは見過ごせない問題である。

 男の子は「ねばならない」女の子は「だったらいい」の違い

  

 親の気持ちとして子どもにいい収入とか、世間体で名の知られた会社に入ってほしいという意識はあるものの、権利としての男女同権は浸透しつつあるが、根本的に違うのは男の子に対しては名門校からエリートとか、甲子園からプロ野球という結果をかなり強圧的に親の側は否定しても、かなり求めているのに対し、女の子に対してはある程度、家事が出来ねばとか近所付き合いがうまくなど、勉強一本やりとは限らず、結果がついてくればそうなればという軽い気持ちがどこかにある。

 いわば女の子は逃げ道が容易されているので、挫折感が出たときの敗北感が軽く済む部分がある。ところが男の子には逃げ道がなく就職にしくじったり、成績が下がった時は今の社会では「負け組」のレッテルが貼られやすい。

 同じミスでも女の子にはバケツに小さな穴が開いたくらいで、なんとか埋めることが出来ても、男の子にはバケツの底が抜けたような感覚になり、挫折感を感じた時に最悪、殺人のような自暴自棄な結末に至るのかも知れない。

 本人が受けるべき罪と社会が受けるべき罰

 事件を起こした本人は司法の手で下された罰は受けるべきである。ただ我々も厳しく反省して、知らず知らず事件を起こすまで追い込んだ社会や親の意識を改めねばならない。奈良の事件にしても親の家業の医者を本当に継ぐ必要があったのかや、今の医療ミスの多い現状を考慮すると、成績がいいから医者になれるという選択ではなく、血管をつなぐ手術がこなせるから、医者に向いているというようなそういう職業や進学指導が増えるべきである。

 またいろいろな事件を見ていると、成績が良かった子が壁にあたると事件を起こすことが多い。小さい時から勉強が出来る子エリートではなく、発想がユニークであるとか、全体の成績は良くなくても明確に得意な分野がある人間を尊重していけば、縦並び意識の歪みから来る少年の犯罪は減少できるのではないか。

 地域の力の再生が不可欠

 所謂55年体制は自社二大政党制や高度成長以外に、見落としてはならないのが、農業の斜陽化や職人など多様な職業選択の道を塞ぎ、サラリーマン(工員、公務員を含む)に職業選択を集中しすぎた側面があった。しかしこれはバブル崩壊の中でみんなが正社員になれない構造の中で、ニート、フリーター問題や大企業や公務員へのキップを買うかのように、むしろ学歴社会を過熱させた。

 これを是正させるために、みんなが今の兼業農家のように複数の仕事を組み合わせたり、企業に雇われないでも年金など不安のないシステムを構築すべきである。これには国では事情がわからかったり、現状肯定になりかねないし、市町村では狭すぎるし、都道府県でも大学や企業のあり方見直しなど徹底できないだろう。

 道州制の導入検討の中で、少年が切れやすいことへの方策、抑止のための社会的条件整備には日本再生の鍵がいくつも隠されているようである。

2006年6月21日 (水)

道州制、地方分権を学ぶための本、その5 大谷晃一『大阪学』

 道州制、地方分権を学ぶための本その5 大谷晃一著『大阪学』

 この本は道州制や地方分権に直接言及した内容ではない。しかし今後の道州制や地方分権を推進する上で、日本国の外国から見たら均質的な、没個性的とも思われる日本人が、東京を標準とする経済、文化の中で育まれたとすれば、関西、その中で大阪は異質である。

 記憶に新しい所では2003年の阪神タイガースの優勝に際して、5300人も道頓堀に飛び込んだりなど、他の地域で応援している地元チームが優勝しても、絶対起こりえない光景をテレビで目にして、思わず唖然とされた方は多いと思う。

 大阪は自由な気風の半面、いらち(標準語ならせっかち?)でマナーの悪さが横行している。ルールより身近な損得がお互い優先される社会である。いわばアジア的現場主義なのかも知れないが、大阪を考えることはアジア的風土の功罪を考慮するのに、以外と類似例として参考になるだろう。

 大谷さんは関西のテレビ番組によく出ておられるが、80歳を超えていると思われない若さでエネルギッシュな文章を展開されている。共感する部分として人文科学が縦割り状態で「役に立たない」というイメージでとかく、軽く見られがちなのを大阪という横割りで、いろんな事項を整理して、大阪を論じられ今、大阪論の代表作になっている。

 町人の町、大阪の気風や自分をおとしめ、相手を立てる大阪のお笑いなど、役人主体の閉塞した日本社会の打破に不可欠だが、規制緩和の行きすぎなど大阪的な無茶にも通ずるのかも知れない。日本社会の平均値と大阪的な価値の対比は不可欠である。新潮文庫、税抜き400円。なお続編に同じく新潮文庫に続大阪学もある。

2006年6月18日 (日)

日本道州制研究会6月例会の報告

 日本道州制研究会6月例会の報告

 昨日、6月17日は大阪府立青少年会館で「関西から論じる道州制」ということで、参加者で自由討議を行った。小泉チルドレンの中に道州制なら、関西は大阪も神戸も同じ市にという発想もあることや、大阪に対する京都、神戸、奈良が精神的に独自性が強い側面の功罪も話に出た。

 さらに今の道州制議論は東京への集中排除が重要なのに、区割りにしろ権限移譲にしろ、東京の目線が強すぎ、地方の声が忘れられている声が強かった。また私からは古くからの道州制議論は首都移転議論と並行しているのに、今の道州制議論は首都移転議論が休眠状態になっている懸念を指摘しておいた。

 なお次回の7月15日の日本道州制研究会は、同じテーマで続編を行う予定である。ふるってご参加下さい。細部はまた連絡します。

2006年6月17日 (土)

過労死問題に地域の力を

 残業代比率引き上げの動き

 今、会社の残業代比率を週30時間以上の場合、25%から30%に引き上げる方針が打ち出されている。一部にわざと仕事の消化を遅くして、残業代を稼ぐ者が出ることを危惧することが懸念されてはいるが、いろいろな意味で遅すぎたが必要な対策である。

 過労死、少子化対策、雇用確保に必要

 今、自殺防止法案が制定されたが、過労が元になっていることが多く、産むことについても、育てることについても長時間労働にマイナスである。また高齢者雇用の促進など考えると、法定労働時間を守ることは不可欠である。

 優れた能力を持つからといって、エースが連投するようなことは今のプロ野球から姿を消している。長時間労働は今だけ考えるとそれでもいいが、疲労(心身全体の)の蓄積で何年か先には入院や過労死、工場現場での大事故など大きな損失を伴う。

 また国や地域レベルでも、医療費増加や地域行事の参加の減少、レジャー、観光産業の特定日集中、交通機関の集中的混雑など、大きな損失になる。部分、部分困ることがあろうがやらなければならない対策である。

 労働時間短縮に地域の力を

 先日の少子化問題のニュースで福井や沖縄が、一組の夫婦から生まれる子供の数が東京などより相当高かったが、上記の県の人が怠けているのではないが、どうも東京と対比すると、出生率が高い県は残業をがんがんするほど働かないが、東京では社会の24時間対応も手伝い、残業が恒常化している企業が多い。

 少子化対策、過労死対策を進めるためにほぼ道州制の区域レベルで経済連が出来ているので、東北とか近畿といった知事会議での労働時間短縮の働きかけ、残業代が出せないならサービス残業にならないように、労働基準監督署に駐車取り締まりに民間人も登用しだしたような形で、労働時間監視NPOなど作り、適正な労働時間の保障をすべきである。

 有給休暇の取得法制化も

 よく公務員がうらやましいといわれるのは、給料、年金云々もあるが残業が少ないとか、有給がキチンと取れるという部分がある。だがこれは労働者に保障されるべきもので、有給の法制化も来年すぐ無理でも5年計画で完全消化のような対応はすべきだろう。また今の公務員も妬みを買わないためにも、民間企業や自営業者の労働条件改善にも、尽力してほしい。いきなり国単位で無理でも大阪府とか関西州とかいう単位で、地域の労働条件改善に尽力すべきである。

2006年6月14日 (水)

道州制、地方分権を学ぶための本その4、八幡和郎『遷都』

  道州制、地方分権を学ぶための本その4

 1988年中央公論新社(中公新書)、八幡和郎著『遷都』

 最近、道州制に関する議論が活発だが、28次地方制度調査会の提言では、道州制と関連して議論すべき、首都移転問題が欠如している。そもそも首都移転は国会でも決議され、本来は今世紀に入り、早々候補地選定の予定であった。

 ところが小泉内閣では首都移転論議は休止し、一方で道州制論議は進行したが、本来昭和の時代からの道州制議論は、同時に首都移転も付随して、提言されていた。

 筆者は東京集中の弊害を鋭く指摘し、東京の税金が地方にばら撒かれ不公平のような議論に対し、たとえば東京で会議となれば地方からは交通費や宿泊の負担を常に伴うが、東京はせいぜいコーヒー代の負担程度という指摘や、東京圏の肥大化で通勤時間の増大などの損失をあげ、東京から地方への配分の必要性を説いている。

 新首都として近畿から東海にかけての遷都を提唱し、その上で道州制の実施を提言している。四つ程度の大道州制案と、10程度の小道州制案と対比し、八幡氏は沖縄、四国といった単位では充分な独立性が確保できるか懸念し、どちらかというと大道州制案を支持し、国際空港など10も要らないから、複数の州がまたがって利用することを提言している。

 東京集中のメカニズムの解説が詳細で、今の東京と地方の格差問題を考えたり、道州制と今の県の機能を考慮するのに、ぜひ一読してほしい本である。

2006年6月11日 (日)

福井県の上流度ランク1位、大阪府の人口3位をどう想う?

 先日の雑誌アエラ6月12日号から、福井県が上流度ランク総合1位?

 先日のアエラに都道府県上流度ランクが掲載され、福井県が第1位、高知県が全国最下位であった。高知の最下位は昨今の景気回復の中でも、有効求人倍率が低く小泉路線の痛みの部分の大きさが如実だが、果たして福井が1位なのだろうか?

 福井県は自動車保有率が高いのも、裕福というより公共交通が発達していない。雨や雪が多く、自動車がないと出歩けない負の要因による。また福井県は知名度の低さ1位や、出てくるニュースは事故がらみの暗いニュースだけ、県内の主な観光地の客は減少傾向である。

 以前行われていた経済企画庁の調査でも福井県は1位になったことがあるが、アエラでも指摘しているように民放が二局とか、地方の県なのに物価が高いことも含めて指標をぜひ示してほしいものだ。

 大阪府の人口が神奈川県に抜かれた

 また最近は大阪府の人口が神奈川県に抜かれたことが話題になっている。神奈川は東京に勤めていて夜は帰宅する、住民票の人口が多いだけで夜間人口が多いだけで、まだまだ大阪は捨てたもんではないともいえるのだが、この3年で府内に本社を置いていた資本金100億円以上の企業は2000年に92社だったのが79社に減少している。それらはたいていは関東、東京に移転し、大阪に本社があっても東京に営業の主力は移転していることも多いのである。

 大阪は肥大化すべきか?

 ある程度の集積があり、人口が神奈川を再逆転するくらいでないと、大阪、関西の地盤沈下は現状では進むだろう。だが一方で大阪は治安の悪さや路上駐車の多さ、熱帯夜の多さは深刻で、肥大化は庶民生活にプラスなのかという側面もある。大阪市の300万を切った人口は東京23区より相当に少ないが、他の政令指定都市と対比すると相当に多い。地盤沈下回避と暮らしやすさは合致しない部分の判断は非常に難しい。

 道州制、政令指定都市、周辺府県の検討を踏まえて

 福井県のように豊かさが実感できないのに、その指標が上位になったり、神奈川が大阪を抜いたのは神奈川の実力もあるにしろ、東京の肥大化が進んでいる側面もある。28次地方制度調査会の道州制区割り案別の、さまざまな指標による豊かさランク作成と、政令指定都市は道州制の州都になる可能性があるので、大阪府や大阪市が現状よりも、人口が増えた方がいいのか悪いのかの検討など、財界レベルと庶民感覚の対比を交え、今回の大阪府の人口3位転落問題、あれこれと検討してみたいものである。

昨日のつながるテレビ@ヒューマンから過熱報道とは何だろう?

 昨日のつながるテレビから、過熱報道を考える

 昨日のつながるテレビ@ヒューマンで、秋田の小学生殺害事件の報道に対して、ブログの書き込みで「マスコミがどこまでもカメラを追いかけるのはマスコミならなんでもできるという思いこみ、やりすぎ」という趣旨、の書き込みをしている方が多かったという。

 報道の自由やえん罪であった場合の被害の問題など、それこそBS討論とか放送記念日特集でやるべき問題だと思う。でも私からは以下の提案をしておきたい。

 地域性の配慮と人命尊重の視点で

 個人情報保護法の観点で、今は個人の情報が出されない傾向が強いが、福井新聞など地方新聞ではお悔やみ情報で、個人の住所、氏名、葬儀場所が公開される新聞が、今も存在する。地域によっては個人情報という視点より、共同体の一因ということで、必要な情報なのだろう。

 また誘拐報道だと犯人が誘拐者に危害を加えない配慮から、報道を自粛し逆に犯人がなかなか見つからない場合に、新聞、テレビで協力を呼びかける。これは人命を救うために告知を控える時期と、むしろ知らせる時期の使い方が分けられているためである。

 今回の秋田のケースだと、報道がえん罪につながらないかや、住民の取材応対疲れ、再犯防止と図りにかけて天秤にかけるべきだと思うが、テレビ、新聞もこういう報道の協定で日本全体での標準型と、東北など道州制区域レベルや、秋田など県レベルで若干、報道を控えるなり、啓発のために踏み込んだ報道をするなど、地域性に配慮したローカルルールがあってもいい。また阪神優勝の時の大阪のフィーバーなど、あたかもそれが大阪全体の反応ではない触れ方も是非ほしい。

 テレビのすばらしさも認識

 だが5月15日の@ヒューマンで自殺遺族問題が取り上げられ、ブログなどで世論も喚起され、自殺防止法案が動き出した。過熱報道も明らかな行き過ぎはともかく、茶の間で自分たちが入れない場所でカメラを回していることに対して、妬み的にブログなどで記事にしている方もいると思う。世論の反応はどちらが大勢なのかも、一方で見分ける力を身につける必要もあるだろう。テレビがあることで救われる命も一方で多いことは、大きく評価したいものである。

 

2006年6月10日 (土)

今日のNHKテレビ「日本のこれから」米軍基地問題を見て、二者択一主義を排して道州制区域同士の議論を

 今日のNHKテレビ「日本のこれから」米軍基地問題を見て

 今日のNHKテレビ「日本のこれから」は米軍基地問題であった。基地に関する沖縄の痛みの映像や、参加者の叫びが反映されたせいか、視聴者のアンケートも米軍や日本政府への反発が強かった。

 ただ議論が白熱していたのと、個人的怨念、都合と客観的に見てどのくらいの施策とすべきという意見がどうしても、錯綜していたのと、いつもこの番組のアンケートで思うのが、わかりやすくするため、二者択一的な回答のどちらのような設問が多いのと、沖縄の基地を気の毒と思うのが、では自分の所が引き受けるかという設問が途中でパスされていたこと。こういう問題は収拾がつかなくなる側面はあるが、是非聞いてほしい所だった。

 私だと米軍との協力を強めるべきか否かという問いなら、今が5段階の3あたりなら1が全廃。4と5が今以上とすれば、今のような多額の思いやり予算、大量の駐留はアメリカ軍が他国で軍隊が駐留している場合でも異例なことでもあり、緊急時の受け入れなどを条件に相当に平時の削減とでもいうべき、2あたりの答えを考えるが、折角、次の番組の@ヒューマンもニュース番組であり、そこで先ほどの日本のこれからの補足のコーナーがあればとも思った。

 納得できなくても手打ちと基地関係地域同士の決着を

 

 たとえば沖縄に米軍基地の75%もあるが、沖縄も国土の狭さから考えると異例である。あたかも大阪や京都で使う電気を、福井嶺南などに押しつける代わりにいろんな優遇策をするいう関係に近く思えるが、今までは国が地方にこういう関係を調整して、受け入れさせてきた。だが道州制や地方分権を考慮すると、たとえば沖縄県、将来は沖縄州なり九州州沖縄管区の基地を、関東:東京州の厚木などが受け入れるかなど、国の介入抜きで地方同士で話合う機会があるべきである。

 こういう問題は双方が100%納得できる方法はでないだろう。だが痛みを片一方が受け、安保を受け入れているから仕方ないではなく、地方同士がまず話し合い、それを国にボトムアップして提言、要望してこその健全な民主社会といえるのではないだろうか。

 とにかく100点ではないが、一方的な弱者と強者を基地問題で出さない手打ちとでもいいうべき方策を、地方の視点で語るべきだし、報道もそういう情報量を増やすべきである。

日本道州制研究会6月例会のお知らせ

 次週、6月17日、土曜日、第171回地方分権フォーラム、日本道州制研究会を午後1時30分から4時頃まで、地下鉄・JR森ノ宮駅下車西へ400mの大阪府立青少年会館第2グループ活動室にて行います。会場の問い合わせ電話は06-6942-2441です。テーマは「関西から考える道州制」ということで自由討議。なお来月は上記テーマで一新塾関係者の報告があります。

 またご参考までに道州制comで掲載された私、山中鹿次の執筆のコラム「近畿(関西)から論じる道州制」を以下からご覧ください。

http://doshusei.com/column/060319/index.htm

なお金曜夜まで私が不在にしていますので、私へのメールなどでの問い合わせが出来ませんがご容赦ください。

サッカーW-CUP開幕。4年前の回顧と日本再生

 いよいよサッカーW-CUP開幕、4年前の回顧

 いよいよサッカーW-CUP開幕。四年前は日韓共催での開催であったが、結果的にこの共催のおかげで、今の小泉首相の靖国参拝を契機にした日韓関係の悪化も、この4年前の共催で両国が同じことで連帯感を持てたことが、その首脳間の問題はあっても時代を完全に逆戻りには至っていない。

 ハングルの学習熱や、韓国ドラマ人気。これは4年前の出来事により、BSで冬のソナタの放送が開始されたことが契機である。また両国で分散したことでこういうメリットもある。一国で会場が集中していると、かなり小都市にも会場を作ることになり、大会終了後の会場が維持費や「後の祭り」の寂しさに悩むことになりがちだが、両国で開催だと、ある程度の規模の都市で会場が営まれるので、そういうデメリットが相当軽減できる。

 両国が学ぶべきこと

 今、両国は未曾有の少子化や、韓国の道制度の地元意識の強さと、一方でソウル、東京共に集中問題がある。両国が問題点にこだわることで歪み合うより、少子化問題と日本が道州制を採用した際に、東京集中と韓国のような地域対立につながらないかの検討、交流を活発化すべきである。

 また古代において日韓は一衣帯水の世界であり、竹島(独島)の領有にこだわるのではなく、南極のような一国のみが所有しない利用方法の模索も必要であろう。四年前にはお互いがお互いの国を応援し、今、日本で一番食べられている漬け物はキムチなのである。

 今、両国は同じテレビ番組を楽しみにしたり、同じ食べ物を愛好している。ドイツのW-CUPを契機にあのころのことを思い返してほしい。またアメリカ的な格差な進展に両国共に今、悩まされてもいる。大分県の前平松知事の施策で韓国の小学生のホームステイを行っているのがあるが、別れ際にはお互いが感動して小学生と大分の住民がおいおい泣くことが多いそうである。

 こういう話、小泉首相のみならず相手を罵倒する材料しか見いだせず、それを積み重ねた筆の進め方しかできない嫌韓流の著者や読者、勝谷雅彦らに聞かせたいものである。

 もちろん韓国側にも問題点があるにしろ「人の振り見て我が振り治せ」ということで、4年前を回想しながら、日本の再生につなげて行こう。

2006年6月 7日 (水)

道州制、地方分権を学ぶための本、林 宣嗣著 都市問題の経済学

 日本経済新聞社 刊行 都市問題の経済学

 この本はバブル経済崩壊直後の本ではあるが、道州制や地方分権を学ぶために、ぜひ参考にしていただきたい本である。道州制については、日本型連邦制という言葉で関西経済連合会などの、1959年の国の出先機関を統合した道州や、著書が出たころの府県を廃止した、道州制のありかたの関経連の提言などに触れている。

 また都市への集中、特に東京への集中問題に詳しく触れていて、アメリカでの都市規模の規制や、東京エリアへの人口集中が縮小している1970年代には、地方と東京の格差が相当に縮小していることを、さまざまな資料で指摘している。

 公共投資政策を地方に重点化すると、東京集中型より具体的に地方の生活改善が図られるといったデーターや、都市の膨張による道路の渋滞、それの緩和に1500億以上の巨費を用いても、わずかな道路しかできない指摘を見ると、今の地方切捨て政策がむしろ東京の首を締め、逆効果になることが懸念できる。

 定価1800円+税、日本経済新聞社

2006年6月 4日 (日)

道州制の動き全国知事会、北から南から2

 道州制の動き全国知事会道州制特別委員会から

 6月1日の全国知事会の道州制特別委員会では、道州制の導入を求める報告書の提出の方針が打ち出された。しかし冨山、奈良など6県の知事から時期尚早の意見も出されたが、兵庫、福島のように反対の態度を知事が取る場合はともかく、冨山のように中沖前知事の時代には今の地方制度調査会の、北陸州の区割り案と同じ範囲になる「越の国州」案が打ち出されている県でさえ、財源や区割り案など難点が山積みの道州制に対して、とにかく実施ではなく、より検討と慎重な態度になるのも止む得ないだろう。

 私は道州制実施に賛成だが、慎重、反対の理由は施行の際のマイナス材料ではあるので、報告書にそのあたりの事情もキチンと明記することを要望したい。

 北海道の道州制「道州制特区推進法案」の課題

 民主党北海道が上記の法案について、北海道の全180の市町村長にアンケートを取った所、反対1割、賛成2割、どちらともいえない7割という結果になった。この法案自体は国会の会期切れにより、継続審議の方向だが、これはむしろ拙速に決めるよりも、来年の統一地方選挙の争点として、その後の制定が望ましいと思う。

 というのは二級河川の整備の移譲など、8項目の移譲だけでは不充分だし、将来は北海道開発局の廃止を目指し、道に移管すべきであろうが高橋知事はこれに消極的である。知事の本位が有識者がそうすべきであるという意見に反し、何か中央官庁の意をむしろ受けている印象すらあるが、ただの行政リストラを急速に進められても、移管の準備が不充分だと、二重行政は解消できるが、道庁の人件費負担が重くなるだけだし、今の十勝など市庁の機能をどうするかも検討する時間が必要である。

 幸い来年は統一地方選挙があるし、北海道と道州制のあり方を重要争点として選挙をし、その反応を他地方や地方制度調査会での道州制検討の、参考材料とすることを提案したい。

 道州制のうねり九州で活発化

 これに対して、福岡県久留米市、小郡市。佐賀県鳥栖市、基山町で作る筑後川流域クロスロード協議会の道州制勉強会が、これらの地域が鳥栖で高速がクロスする利点から州都に名乗りをあげた。

 私も筑後川があり水源が豊富で、福岡より水不足なりにくい。板付空港以外に佐賀空港も近いことを含めて、福岡、熊本両市で州都争いで道州制が施行できない懸念の回避のためにも、3月のこのブログで九州で道州制を施行する際の州都にすることを提案しているが、北海道での道州制議論がやや迷走している中で、九州での道州制施行の動きが相当活発化している感がある。

 2日から飯塚市で行われていた九州知事会でも道州制の検討の具体化だけでなく、大規模小売店舗の出店問題など複数の県での検討などが検討されている。また九州では福岡市の五輪立候補や、去年10月16日オープンの九州国立博物館が、オープン半年で目標の17万人をはるかに上回る、130万人の来館者を集めている。

 いろいろ課題はあるが「九州」という単位で独自に、中央に対して突き上げるような形での道州制議論を提案、実現していけば、九州から弥生文化が東に浸透していったような、全国に波及する道州制の動きになることを期待したい。

2006年6月 3日 (土)

日本道州制研究会、私、山中鹿次の道州制地方分権に関する研究報告一覧

 私、山中鹿次の道州制、地方分権に関する研究報告を、年代別に示します

1,1992年11月28日 日本道州制研究会「道州制施行に伴う諸問題‐歴史的視点から将来的課題‐」

2,1993年9月18日 日本道州制研究会「道州制の歴史的視点と現代的視点‐文化的、社会的側面を中心として‐」

3,1994年12月17日 日本道州制研究会「自由暴走社会と民主低迷社会の対立、21世紀日本社会のプログラム」

4,1998年10月17日 日本道州制研究会「21世紀に向けた地方分権の展開」

5,1999年9月17日 日本道州制研究会「21世紀日本の国土デザイン」

6,2001年9月15日 日本道州制研究会「地域活性化事業の動向と展望‐スポーツイベント、ランニング大会を中心として‐」

7,2003年5月17日 日本道州制研究会「地域再編の課題、道州制から市町村再編まで、区割りのありかたを考える」

8,2004年5月15日 日本道州制研究会「最近の地域再編、道州制、市町村合併の動向と課題」

9,2004年9月18日 日本道州制研究会「最近の地域再編、道州制、市町村合併の動向と課題」

10,2005年5月21日 日本道州制研究会「最近の道州制問題の動向について」

11,2005年10月15日 日本道州制研究会「社会に対する見解を分けるもの‐平均値と個体差論‐」

12,2006年3月18日 日本道州制研究会「道州制区割り案の問題点‐第28次地方制度調査会の方針案を中心として‐」

 なお日本道州制研究会の会報入手方法など以下からです。

http://blogs.yahoo.co.jp/zenikinnyama/3472123.html

進む少子化、道州制での対応を

 止まらない少子化、社会の都市化との関連

 先頃、厚生労働省の人口動態統計で、合計特殊出生率が2005年には1,25まで低下したことが明らかになった。東京など出生率が0,98。ところが最も出生率が高かったのは沖縄の1,71であった。

 イヤな言葉であるが貧乏人の子だくさんという言葉がある。沖縄は全国最低の平均所得、高い失業率。一方で東京はその反対である。

 今、格差社会問題で30歳を過ぎて正社員は9割近くは、結婚していて、フリーターだと1割くらいしか結婚していないデーターも一方である。でも沖縄が比較的出生率が高い背景には、企業社会に属するか否かの問題が大きいのではないだろうか。

 地方に行くと農林漁業の比重が高いが、農業のように自営だとお産や子育てしつつ、働く量を家族で調整して何とかするが、企業に勤めるとなると保育や育児支援が完備していないと、企業社会は子育てを理由に働く量が調整できない。

 経済力も少子化の要因ではあるが、どうもそれ以上に企業社会が少子化の大きな要因ではないだろうか。沖縄に次いで出生率の高い福井県が農村県で、平均寿命が長く、祖母の子育て支援が容易なことが、出生率の高い要因かも知れない。

 なお韓国との対比、格差社会との関連について、昨年以下から論じているのをご覧ください。http://blogs.yahoo.co.jp/zenikinnyama/4962629.html

 

 道州制レベルでの少子化対策

 市町村レベルだと、少子化に付随する社会問題の検討や対策は不充分だし、国レベルだとどうしても地域に応じた対策が出来ない。仕事場が東京でも住居は千葉など通勤エリア別、産婦人科医師の確保や、不妊治療の実施などは複数の府県にまたがる道州制の区域レベルでの検討が有効ではないだろうか。

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