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2006年10月

2006年10月31日 (火)

最近のニュースから、地域の検討の必要性

 最近のニュースから

 最近、いじめや世界史未履修問題など、世間を賑わしている問題が多い。これらをピックアップしてコメントしたい。

 いじめ自殺 またしても地方中小都市

 岐阜県瑞浪市でまたもや、いじめが原因と思われる中学生の自殺が起きた。筑前町の事件の時にもコメントしたが、過疎地でも大都会でもない場所で、子どもの自殺が相次いでいる背景はなんだろう。

 地域コミュニテイが維持されることで、不登校のような消極的だが緊急避難が「学校へ行きなさい」のような形で、やりにくい側面。一方で買い物などが大型SC主体になり、地域社会が急速に崩れている側面の弊害が知らず知らず出ているのか。

 これを戦後教育のせいとか、教師のせいと短絡化するのではなく、ある種中途半端な地域の問題として、滝川、筑前、瑞浪の自殺を検討することを提言したい。

 世界史未履修問題

 これについて世論が教えない高校が悪いが多数派のようであるが、世界史が必修であることを生徒に伝えなかったことは問題としても、公立校では受験に勝てない、受験に不利にならないように受験者が多い日本史をやれば、結果は出やすい。そのことで公立でも進学の評価を高めていかないと、学校や教師の評価は高まらない。

 教師の人事評価改革にしても、慎重にしないと嘘をついてまでの今回のようなケースは増えるだろうし、今の教育再生会議のような方向で、この問題をあれこれ言うのは逆効果の気がするし、世界史は「勉強した方がいい」科目でも、必修すべき科目とは思えない。

 科目として選択可能にするとしても、必修からは外すべきだろう。社会科関連の授業や入試科目は、全国均一ではなく、地域による多様性がほしいものである。

 地方の再生多難な前途

 昨日のクローズアップ現代で、東京などの人手不足の一方で高知など求人倍率の低い県の新卒者が、地元に職がなく他府県に就職する方が多いことが紹介されていた。実は小泉内閣時代に地方に工場など誘致する特例法があったのが、廃止されているのである。

 公共事業の削減など時代の流れで仕方ないとしても、企業誘致など地方への優遇策をむしろ模索すべきである。

 安倍内閣で道州制担当大臣が置かれた意義は大きいが、格差社会の是正、再チャレンジを公約に掲げているのなら、道州制を国の財政再建の手段ではなく、大都市と地方の格差是正をのためであることを、第一目的とすべきである。

2006年10月28日 (土)

おめでとう北海道日本ハムファイターズ、お疲れ新庄選手

 おめでとう日本ハムファイターズ

 満員の札幌ドームで、移転3年目の北海道日本ハムが日本一を決めた。札幌の人口は東京の10分の1程度だが、観客は東京時代を大きく上回った。東京で二番手、三番手の存在よりも、熱心なファンに支えられる地域で、オンリーワン的存在になり、そこから全国に存在感を発揮できた意義は大きい。

 道州制、脱東京の動きも加速、新たな球団創設の可能性

 今、北海道は道州制の先行実施が検討されている。その前提として東京の経済、文化からの自立が必要だが、日本ハムの北海道移転以降、テレビの巨人戦中継は日本ハム戦に切り替わった。

 経済については、北海道は地域格差の拡大に悩まされている。しかし2003年の阪神のリーグ優勝を転機として、近畿(関西)、大阪の長期的不況にも灯りがともりだした。優勝はグッズが売れるという経済効果のみならず、地域の人々への様々な波及効果があるようである。

 今後は四国アイランドリーグのような独立リーグを含め、道州制や都道府県連合とも関連して、地域に根を張ったプロ野球チームが誕生することも考慮できる。巨人というピラミッドは崩れたが、プロ野球の楽しさは視る方に多様な選択肢を与えたのではないだろうか。最後ではあるが新庄選手お疲れ様でした。

2006年10月27日 (金)

世界史未履修、卒業ピンチ問題に想う

 世界史選択せず卒業ピンチ

 今、全国各地の高校で、必修とされている世界史を選択していなくて、高校を卒業してしまっていたり、それが発覚してあわてて補習に取り組む高校が出ている。全国41都道府県、高校全体の7%に及ぶそうで、全国的に波紋を呼んでいる。

 典型的なミスマッチ

 高校の世界史が必修になったのは1989年から。国際化のような大義名分はあるにしろ、自分の国の日本史や地理に比べて、三つの内の二つを必修ならわかるにしても、世界史を必修にするほどの必要性は感じないと思う。

 受験でも選択者は少なく、国際化なら世界地理の方が実用的である。中央教育審議会でも必修の必要があるのかという意見が強いのだが、必修が決まった時期、東大学長をしていた世界史研究、教育の第一人者の林健太郎氏が議員もしていて、大きな発言力を持っていた時代に決まった経緯があり、実際の生徒や教育界の要望や必要性とかけ離れた側面で決まった。

 だが受験志望者は日本史が多く、現場の教員でも本来日本史専攻の比率が多い。必修とされているのを隠匿したのは、好ましくない。しかしこれを必修にしている現状も変更すべきだろう。

 地方レベルに配慮した特例必修の設定、高等教育の再編を

 

 来年からでも、世界史を必修にしている現状は是正すべきである。但し日本史、地理を選択した者が、北海道ならロシアの歴史、九州なら東アジアの歴史については、たとえば5時間くらいの授業とレポートの提出は必修にするとか、道州制の区域割くらいで、3つの中から二つの選択とする一方で、選択しなかった科目をポイント的に学ぶ配慮をしたらいい。

 また高校のあり方は中学の延長と考えれば、必修に力点を置くべきだろうし、進路決定がかなり決まっている生徒や、英語学科とか理数科、職業高校など専門性に力点を置いている場合は、単位数は同じでも必修科目は少なめの配慮が必要だろう。

 水産高校なら職業高だから、本来普通科目の理科の必修科目は少ないが、生物と普通科でも必修ではないが、地学など専門科目や海洋での事故防止のため、必修にする配慮など、文部省や教育再生会議では実感がわかない。

 気候、風土の似通った九州、東北といった単位での高等教育の再検討を提言したい。

2006年10月26日 (木)

病気休暇問題、福島県前知事逮捕に想う

 病気休暇問題に想う

 今、奈良市の清掃現場職員が5年間で病気休暇制度を悪用して、8日ほどしか勤務していなくて反響を呼んでいる。

 反応として、公務員は優遇されている的なことから、この人物が部落解放同盟関係者であることから、その批判的なことなど。

 追求と差別の解消を同時に行え

 この事件の追求や処分はあいまいにしてはならない。しかし京都や大阪でも類似の事件が急に発覚している背景も見過ごせない。この問題は社会的に差別されていた人への優遇策がもたらした不祥事である。

 だからといって、先日のNHKのクローズアップ現代や、関西(近畿)ローカルの関西クローズアップのように、不祥事を取り上げる一方で、今も残る社会的差別や、組織の再生の取り組みなどキチンと取り上げるべきである。

 そうでないと、北朝鮮の核実験があると在日朝鮮人の方がいじめや脅迫に合い、それが逆に日本人社会の閉鎖性や不信感を増幅させるのと同様に、事件と関係ない多くの方に迫害が起こり、日本社会の中の古いムラ意識の弊害の再生産になるだけである。

 また、今は格差社会が問題視されているが、その解消には一時的に逆差別的優遇策の導入が必要な部分もある。摘発自体はすすめるべきであるが、いろいろな格差や差別解消政策の否定や、「寝た子を起こすな」的な人権教育の否定につながらないようにすべきである。

 さらにマスコミもどれが「差別語」表現かということで神経をとがらすだけでなく、先のクローズアップ現代や、朝まで生テレビのような差別や人権問題での討論を是非期待したい。

 福島県前知事の逮捕事件

 この問題は、ある種知事が「殿様」的祭り上げ方をされてしまうことが、最大の問題である。また関東以北で知事の逮捕が多いが、西日本と違うのが県の地方紙が西日本では、かなり県政に批判的な内容が多く、ある種地方政治で歯止めの役割が果たされる。ところが東日本の地方紙は県のただの広報誌的内容になっているケースが多い。これでは県の問題点が明らかにならない。

 

 奈良、福島の問題と道州制、地方の再生

 市レベルでは、どうしてもしがらみや歴史的経緯があり、改善が進まない。一方で福島県などは県知事=殿様状態の弊害である。

 奈良や大阪は、一方で制度的差別は法的に無くても、まだまだ結婚:就職差別などが根強く、その解消策の歪みで不祥事も起こる。

 上記のような問題は関西(近畿)というレベルで、その風土の中で事件の根っこの部分から根絶を図るべきである。また福島なら、この前知事だけが頑強に道州制に反対していた。それなら逆に道州制の導入で「殿様」体質の脱却を図ることが先決である。

 上記のような問題は、国任せだと見下ろす視点にしかならないし、関係自治体ではどうしても甘くなりがちである。だからこそ広域的な地域の目線で問題を検討すべきである。

2006年10月19日 (木)

いじめ自殺問題と地方の憂鬱

 北海道滝川市、福岡県筑前町の自殺事件

 先日は北海道滝川市での小学生女児自殺が話題になったと想えば、最近は福岡県筑前町での、中学生男子の自殺事件が起き、全国的に波紋を呼んでいる。後者の筑前町については、このいじめを指すのかわからないが、地元議員のHPなどで、中学で不祥事が起きていることについては、春頃から目にしていたので、なるほどと想う部分もあった。殺伐とした子どもの事件は大都会の出来事と言えない昨今の事情を考えたい。

 地方の子どもに溜まるストレス

 よく地方の方が自然が豊かで、子どもの成長にいいのではないかと普通に思いがちである。ところが社会学者の宮台真司氏の指摘にあるように、子どもが自然で遊ぶことを志向しなければ、そのことにあまり意味はなく、大都会のように息抜きの場がなく、行動の匿名性が確保されていないため、妙なストレスが溜まることを指摘していた。

 宮台氏はやはりいじめ自殺で、岡山県総社市で古墳の復元盛り土を指さされ「あれはおまえの墓だ」と指さされたケースを例にあげて、地方の陰湿な部分を指摘している。

 またやや年代は下がるが、近年は荒れる成人式の問題が生じている。これは不思議なことに、明らかな過疎地の小規模な市町村では起きないし、東京や大阪のような大都市でも起きない。地方都市でそういう問題が多発しているのである。

 コミュニテイと個人の兼ね合い

 山村留学や離島なら、まだまだコミュニテイが維持され、大人から子どもまで顔見知りでいじめや非行の抑止にもなる。一方で大都会だとコミュニテイが崩壊しているが、学校がイヤなら匿名性が保たれているので、不登校やフリースクールに行くなり、子ども同士も趣味が合わなければ、無理に人間関係を構築しないようなドライな人間関係もできる。

 今回のいじめ自殺の舞台を見ると、自治体規模からコミュニテイ機能も、ドライな人間関係も構築できなかったことが、自殺した方、追い込んだ双方にいろいろと拍車がかかったのではないだろうか。

 広域的地方単位での教育行政の点検を

 今回の自殺の発覚まで、地元の中学、教育委員会の対応は問題としても、全てを地元で対応しようとすると、むしろいじめを摘発したがために、その学校が処分を受けるので、隠蔽に拍車がかかる側面がある。

 さらにこういう問題を文部科学省や、教育再生会議あたりに対応させると、教員の研修を長くしたりとか、教育現場に負担、ストレスを増すだけの結果になりかねない。

 そうではなく、北海道、九州は道州制が全国に先駆け、早期実施が検討されている地域である。北海道なら若年層の失業が若者にどのような不安を招いているのかや、九州なら福岡市のような大都市、九州の中の山間部の町村。筑前町のようなそのどちらでもない場所で、いじめや非行問題はどう違うのかという、大きすぎず、しかし視野の狭すぎない検討が必要ではないだろうか?

 また大阪以西だとお笑い文化の弊害で、先生なり周りの生徒がクラスを盛り上げるつもりのジョークが、あたかも漫才のギャグのつもりでいい放ち、それが結果的に自殺につながるショックを与えるケースや、日本海側なら大人を含めた気候が心理的に自殺につながる側面まで、考慮すべきである。

 いじめ問題は戦後教育のせいではない

 教育基本法改正や、戦前回帰志向が今の安倍内閣は強いが、たとえば私が子どもの頃は、日教組の組織率が高い時代だったが、その時代はいじめや学力低下が少なく、その組織率が下がると共に教員の裁量権が低下、中曽根内閣以降に教育の国家主義的色彩が模索されると、そういう問題がより肥大化した。

 また戦前は軍隊で上級兵の陰湿ないじめが多発していた。何か厳しくすれば問題が解決する短絡的な方も多いが、弱い者を見つけていじめて鬱憤はらしさせない、希望の持てる社会にすることが先決ではないだろうか。

2006年10月13日 (金)

おめでとう北海道日本ハム、中日ドラゴンズ

 日本シリーズ日本ハムVS中日に決まる

 今週はパリーグでは三つどもえのプレーオフを勝ち抜いた日本ハム。セリーグは阪神の猛追撃を振り切った中日の優勝となった。今シーズンは開幕前のWBCを含めて見応えのあるプロ野球であった。

 薄っぺらい全国区 巨人の衰退に想う

 一方で、巨人だけはその盛況さから取り残されたようである。テレビも夏以降は時間延長が無くなり、去年くらいからは北海道、東北はほぼ巨人戦のみだったのが、どんどんと日本ハム、楽天の試合放送に変わっている。

 また最近は東京のニッポン放送のナイター中継が、巨人戦があっても阪神戦をやったりと、テレビ視聴率5%とともに、その凋落ぶりが著しい。

 巨人だけはある意味全国区のチームだっただけに、チームが低迷し、関東以北にチームが出来たり、ヤクルトが東京ヤクルトを名乗っているだけに、もはや今の時流に合わないといえる。

 

 道州制の判断材料にも。必要な支出、不要な支出、社会を映すプロ野球

 プロ野球球団の有無は、地方制度調査会の区割り基準の判断材料にさえなっている。有力広域ブロック新聞の北海道新聞、中日新聞のエリアの二チームが優勝したのは、道州制の流れを先取りしたように見えてくる。

 これに対して、巨人の低迷は中央集権で無駄な公共事業などの弊害と同様、時代遅れと、無駄な選手補強がだぶって見えてくる。一方で年俸を絞りウッズ選手を放出した横浜が最下位、それを受け入れた中日が優勝しているのを見ると、無駄は行けないが、さりとて経費節減で何度も景気回復の機会を逸した、財務省の政策のようにも見えてくる。

 戦後の高度成長にピリオドが打たれた時、中日が優勝したり、長かった不況に明るさが見えてきた時、阪神の優勝があった。プロ野球の変わり目は社会を映す鏡のようでもある。

 来年のプロ野球。どんな社会の鏡を写すのか。今から開幕が楽しみである。

2006年10月11日 (水)

子どもの体力低下を憂う

 深刻、子どもの体力低下問題

 文部科学省の調査で、20年前と比べて子どもの体力低下が深刻になっていることが明らかになった。たとえば男子の1500m走のタイムで見ると、25秒近く遅く、一方でソフトボール投げなど他の種目も低下が著しいそうである。

 豊かさや少子化の弊害

 1985年頃までは、体力測定データーは横ばい、ないしはむしろ向上していたのが、低下に至ったのはどうしてだろうか?時代の豊かさはスポーツへの関心を高め、体格向上などプラスの要因もある。

 ところが豊かさがより進むと、遊園地に出かけるのに電車で出かけ、駅から歩いていたのが自動車で出かけるとなると、歩くことがなくなる。

 さらに少子化や塾通いで子どもが外で遊ぶことが減ったこと。近年の労働の長時間化で、親子で公園でキャッチボールするというようなことが減少したことがある。

 少子化が運動不足を加速させる

 この85年以前は、朝は今のような報道ワイド番組ではなく、日本テレビだったら「おはよう子どもショー」のような子ども向け番組の比率が高かった。睡眠不足している子どもは運動不足しているデーターもあり、少子化で子ども向け番組が減るとそれを見ようと、早寝早起きの子どもも減るという悪循環に陥っている側面もあり、ますます運動不足に拍車がかかる。

 広域レベルでの子どもの運動不足対策を

 だがスポーツの競技レベルとか、盛んになったサッカーについては、子ども全体で見ても公園でドリブルしている光景など、自分の子どもの頃より明らかに上手い。今は無意識では子どもの体力が低下するだけだが、中高年が「健康:余暇としてのスポーツ」を意識している人が増えているせいか、近年、体力レベルが向上している。

 そこで子ども向けの歩こうハイキングに参加するたびに、アニメキャラクターの朱印のスタンプラリー。市町村よりやや広範囲で、JR西日本や道州制の関西州のような範囲で、今の県単位のPRキャラクター(大阪だったらモッピー)が集められる、家族で歩いたり、スポーツ活動に参加できる様々な試みで、子どもの体力低下を防ぐべきであろう。

 

2006年10月 9日 (月)

北朝鮮核実験、安倍首相の中韓訪問

 北朝鮮の核実験、安倍首相の中韓訪問

 この問題、私の別ブログ、山鹿ニュースの10月9日号で特集しました。

 http://blogs.yahoo.co.jp/zenikinnyama/40838673.html

  アジア外交に地域の目線を

 たとえば福岡はアジア関連の会議を多く開催し、九州全体でアジアからの観光客の流入や、有事には難民や密航者の渡来の増大の懸念も多い。九州では道州制の検討が急ピッチだが、観光振興や難民対策。国レベルでの外交折衝の前段階での情報交換など、あたかも太宰府のような機能が果たせることを期待したい。

2006年10月 7日 (土)

今日のNHK、つながるテレビ@ヒューマンから、障害者自立支援法続報

 今日のつながるテレビ@ヒューマンから、障害者自立支援法の過酷さ

 今日のつながるテレビ@ヒューマンで、障害者自立支援法改正(というより自滅支援法)による、親の負担の過酷さが紹介されていた。以前は4500円だったのが7倍の負担の3万2千円。自宅の改造とか、両親が長時間勤務しにくいことを考慮すると、これは相当な負担である。

 1割負担はなじまない

 かかった費用の1割となると、所得の高低とは関係なくなる。徹底した累進制か、年収が300万までは障害の等級に応じて定額2万円などの措置はどうか。たとえば人工透析患者は、定額で月1万円のような制度が適応されているが、そういう具合にするか、今後は障害者と家族には介護保険に近い制度を適応して、リハビリなどにはむしろ助成措置を講じることで、長期的な家族、国双方が負担軽減になる方策を考慮すべきである。

 地域格差の是正も不可欠

 品川区などで、負担軽減措置があることも紹介されていたが、これではどこにすんでいるかで、家族の負担の運、不運が出る。自治体では東京でも税収の少ない区では、そういう措置がとれないし、国ではあまり細かなな対応も出来かねる。

 道州制の区割り単位で、兵庫県にいい施設がなければ大阪市の施設を紹介したり、負担軽減なり、いろいろと融通を利かせればいい。

 またこういう措置は、郵政民営化が争点のあの選挙結果が、やりたい放題を招いたことも、決して忘れることはできない。勢いではなく、冷めた目線がないと困った結果を招くことも忘れてはならない。

なお2日の月曜に、この法案を含めて「格差が差別を助長」するという記事をこのブログで作りました。こちらもご参考にしてください。

 

道州制の動き活発化と教育の中央集権化の危惧

 安倍内閣で道州制の動き活発化

 安倍新内閣で、佐田玄一郎氏が行政改革と共に、道州制担当大臣に任命されたが、道州制に関する動きが急速に進みつつある。

 まず大臣の方で「道州制ビジョン」策定についての私的懇談会の設置の方針が出た。また今国会中に、道州制の導入検討を明記した地方分権改革法案が提出されることが明らかになった。

 地方の税財源について、以前の推進法で「充実確保を図る」とされている部分が削られそうなので、その部分はいただけないが、道州制自体の推進は準備がいそがれるので、極力地方の意向が反映した案を組み入れて、道州制の推進自体はすすめていただきたい。

 教育の中央集権の危惧

 安倍首相のタカ派的体質で、伊吹文部科学大臣と別個に、やはりタカ派の山谷えり子氏が別の教育担当大臣に選ばれた上に、桜井よしこ氏に加え、新しい歴史教科書のメンバーの八木秀次氏までその会議のメンバーに加わっている。

 八木氏は産経新聞の正論で、地方が勝手なことするから、教育の地方分権に反対の意志を表明している。だが人間の心の内面に関することこそ、地方の判断に任せるべきである。そうでないと彼らが大嫌いな北朝鮮あたりと同じである。

 首相が表明している大学の9月入学とか、奉仕の強制なり地域や個人の事情に任せるべきである。やってほしいとやるべきを誤解しては行けない。

 こういう問題は道州制のような、地方分権、ないしは地域主権にも反しかねないし、首相の美学として美しい国なのだろうが、果たして幸福な国のあり方なのか?格差是正のようなことは地方と中央の差を拡げては行けないが、教育こそは中央集権は避けねばならない。

 そうでないと、愛国心とは国に逆らわないと同義語になり、杉原千畝のような人物を抹殺するイヤな世の中になりかねない。教育基本法改正についてもそのあたりを注意し、動向を見守りたい。

 

2006年10月 5日 (木)

広島でお好み焼き士誕生、地域単位の知識認定を

 広島のソース会社がお好み焼き士を認定

 広島のお好み焼きソースを作っている会社が、お好み焼きに関する技能:知識を認定する制度をスタートさせた。別に国家資格ではないが、こういう知識、技能を認定、評価する試みが最近各地で増加している。

 増えるご当地検定

 代表的なのは京都に関する知識を認定する京都検定。姫路とかの検定に加え、関西でも奈良検定が来年からスタートする。以前からJTB関係で行っている旅行地理検定試験という、その全国版的な検定試験も行われている。

 日本社会の理解促進と多様な知識が活かせる社会

 先の文部大臣の発言ではないが、小学校の英語の必修に批判があっても、ついつい英語をとなる背景に英語に検定で級があれば、進学、就職に非常に有利になるが、上記のような検定のみならず、漢字検定にしても、それが有利に働かない事情がある。

 しかし観光業界の就職ではなくても、教員なら修学旅行の引率や、東京から京都の企業にビジネスに出かけるのに、京都の習慣や文化を理解していることは、決してマイナスに働かないと思う。いや相当役立つことがあるだろう。

 雑誌社に就職したい人には、企画の参考にラーメン士や、たこ焼き士があってもいい。多様な知識、経験が生かせて社会こそ、幸福な社会である。

 英語が出来る人はそれが評価されるが、地理に明るい人やグルメに詳しい人が、オンリーワン的な知識があっても、それが評価されず、職業として活用できないことこそ、格差社会。本人にも社会にも不幸なことである。

 地域単位の認定の評価を社会に還元する

 たとえば行政の審議会なら、学者や文化人、行政関係者が主になるが、広島の観光振興ならお好み焼き士、奈良検定ではソムリエを認定するそうだが、そういう人に審議会の委員に入ってもらっていい。

 京都と奈良検定の上位ランクの級をパスしている方なら、道州制の関西州での文化振興の審議委員になっていただいたり。

 来年から団塊の世代の大量定年を迎えるが、吉備団子士だったり、信州そば士だったり、いろんな認定があればいい。こういう人をカルチャースクールや、行政の各種講座でむしろ積極的に評価してこそ、本当の意味での生涯学習社会の実現達成といえるかもしれない。

 

2006年10月 4日 (水)

走る女性は美しい、健康スポーツ、ランニングによる地域活性化

 走る女性は美しい 雑誌Frauの特集

 今朝、コンビニで雑誌のコーナーを眺めていると、走る女は美しいという文字が目に入った。Frauという女性向け雑誌が以前にも8Pほどの小特集していたが、広告や関連してヨガの特集が含まれるにしろ、巻頭から170ページを越える熱の入れようである。

 女性ランナー急増中

 実は私はランナーで、私の別ブログの山鹿ニュースではランニングの情報も週に1回くらいずつ流しています。http://blogs.yahoo.co.jp/zenikinnyama/

またランニングに関する様々な研究、普及活動をしているランニング学会の理事

(ランニング学会 http://www.e-running.net/

もしていいる他、市民ランナーや大会のお手伝いをする、ランニングサポートという活動もしています。http://blogs.yahoo.co.jp/zenikinnyama/27987762.html

こういう経緯から、今年3月にはFM東京の坂上みきのビューテイフルという番組で、走る女性に対しての様々なアドバイスをしています。(これについては以下に概要)

http://blogs.yahoo.co.jp/zenikinnyama/27987762.htnl

℡やメールでの打ち合わせで、女性ランナーが増えていることが実感できましたし、従来はランニング人口の男女比は男が8で女2。しかも中高年主体だったですが、雑誌の特集のみならず、若い女性が増えている。つまり従来の主人が走るのに影響を受けて奥さんも走るパターンとは無関係。

 今、私がランニング学会の主催で開催している、ホノルルマラソンに向けての講習会でも約3分の2が女性であることも、ランニング学会の研究発表で市民ランナーの年齢層が高く、女性が少ないことを危惧していたことと対比して、時代の変化を考えさせられる。

 こんな有名人も走っている

 長谷川理恵さんが走っているのは従来から知られているが、山田優さん、上野樹里さんら若手人気女優。先日、NHKのつながるテレビ@ヒューマンに出演していた、2006準ミスユニバースの知花くららさんもランニングしているそうである。

 生活習慣病予防、世代や地域交流への期待

 上記の走るタレントさんのように、走っている女性は皆さん明朗で、無理なダイエットしなくても太っていない。従来からの中高年を含め、生活習慣病予防による医療費の削減などの効果以外に、大会などまだまだほぼ親や上司の世代に相当する人が参加者の主流なので、「分衆の時代」と呼ばれ、世代が異なるとコミューニケーションが取りにくい昨今、走ることを通じて話題が盛り上がるのは貴重だと思う。

 また走る若い女性は自然食やグルメへの関心が高い。農村、漁村のスローフード体験を兼ねた大会参加が増えてくると、市民マラソン大会による地域活性化は一段と弾みがつくだろう。

 広域地域によるランニング情報の発信、健康作り事業を

 従来から、国内外を含めたランニングの専門雑誌の大会やコース情報はあるが、若い女性ランナーの急増を考慮すると、九州、近畿といった道州制の範囲くらいで、観光やフィットネスの情報サイトや、パンフレットでのランニング大会情報の発信や、ターゲットは京阪神からの参加者だが、福井県嶺南の市民マラソンで、地元住民の健康作りを兼ねた、栄養やランニングのセミナーがあればいいのではないか?

 市町村合併で消える市民マラソンも近年見られるが、上記のような状況や提案も考慮して、美しく走る女性の増加を社会の活性化につなげてほしいものだ。

 

  

 

2006年10月 2日 (月)

障害者自立支援法、格差が差別を助長する

 障害者自立支援法問題に想う

 昨年、与党の賛成多数で通過した障害者自立支援法は、いままで無償で給付されていた制度が、一定の自己負担が強いられ、相当の障害者とその家族が相当な経済的、物理的負担が増加していることは周知の事実である。

 本音はどちらなのか?

 障害者自立支援と聞いて、その言葉のイメージとして反対する人は誰もいないと思う。だが実態としては「財政再建」の手段として、支出を削りたいのが本音ではないのか。説明責任が問われる昨今、どちらに比重があるのか明示していただきたい。

 格差が差別を助長する

 今、ネットの掲示板などで障害者、在日外国人、部落差別についての悪質な差別発言が相次いでいる。いつも思うのが今のような格差社会が続くと、差別が助長される側面があることである。

 たとえば企業の障害者の法定雇用率が設定されている。なかなか守られていないのが実情だが、今のような多数のワーキングプアが存在すると、マイノリテイへの優遇策に社会的意義があっても、大学を出ても就職口が少ない時期に卒業し、長年フリーターを続けている(というかさせられている)者が、障害者枠で大手企業や、市役所に勤めている者を見れば、妬みや不満をいだくことは残念ながら、起こりうる話である。

 政治や社会で見落としがちなのが、中流かそれ以上の生活をしている者には、ある程度のゆとりから、弱者への妬みは小さくてすむ。ところが障害者ではない生活困窮者から見れば、不充分でも優遇策を受けているマイノリテイへの妬み問題も認識すべきである。

 障害者英雄報道の問題点

 昨今は障害者を扱ったドラマや、パラリンピック報道が増えてきた。このこと自体は障害者への理解:関心を高めるのに役立つことは理解できる。だが障害者は純真であるとか、義足で100m11秒で走る人がいる方がやたら報道されるのはどうだろうか?

 障害者ゆえに、人に介助してもらうことが当然の部分や甘えの部分が混在したり、健常者でも100m11秒で走れない人が大多数だが、パラリンピック優勝者を例にして「がんばれ」と励ますことは「そうでなければ行けないのか」という思いの反動で、障害者自身にはあきらめや、絶望感さえ危惧される。

 報道する上での美化が行き過ぎると、上記のような問題が強くなることを、マスコミは充分認識してほしい。

 地域単位での障害者行政を

 たとえば障害者のための施設で、視覚障害者には点字ブロックはありがたいが、車いすが不慣れな方には、車いすの運転を困難にすることもある。また交通事故などで軽い障害が残った場合、医師の判断で社会的配慮として積極的に認定する方や、障害者として認定することが就職などでのマイナス要因になるからと、認定をためらう方に別れる話も耳にする。

 こういう判断など、国では現場がわからず市町村単位では、しがらみが多すぎ円滑に事が進まない場合があるだろう。府県、あるいは道州制単位でそれを検討し、今の自立支援法の問題点など、道州制単位での修正運用を可能にすべきではないだろうか?

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