昨晩の朝生 格差社会問題
昨晩の朝まで生テレビは格差社会問題であった。これは昨年の3月末にも特集されたが、今の方が2002年頃の不況の最悪期よりも格差社会問題がクローズアップしていることは興味深い。
これは不況の最悪期は上場企業でもかなり多くの企業が、株価が100円切れとか正社員のリストラ、会社自体の倒産も相次いでいた。だから社会の底辺にいた方でも「銀行がつぶれる時代だから」的な、妙な納得があったと思う。また製造業なら中国での生産移行が増えたから「中国のせい」という諦めもできた。
ところが企業の倒産も減り、最近は中国向け輸出のせいで景気回復した企業も多く、国内で多くの企業が新規に工場を造ることも増えてきた。銀行がつぶれる時代だからとか、中国のせいにできない中で、低賃金が長期化すると「貧乏疲れ」と、一方で最高の業績を上げる企業などが増えていることなどで、不満感が高まっていると思う。
能力ではなく、場と運が人生を左右することが問題
スポーツのプロの世界のように、実力が判別しやすい世界でも場と運に恵まれないと出る機会に恵まれない。ヤクルトの青木選手は昨年は盗塁王、一昨年は首位打者だったが、入団した年は今は日本ハムにいる稲葉選手や、今は控えに回った真中選手がレギュラーのため、イースタンで首位打者になったが、1軍で出る機会はほとんどなかった。
あのイチロー選手でさえ、監督とのソリが合わなかった最初の二年は出る機会に恵まれなかった。果たして普通の会社がどれだけ能力が判断できるのかはなはだ疑問である。
要は場と運である。東京や愛知は有効求人倍率が1,5を越え、沖縄や高知は0,5くらい。人間は生まれる場所や成人するくらいまでは育つ場所も選べない。スタートラインが同一でない中で、競争もあったものではない。
運の問題で言えば、朝日新聞の連載では「ロストジェネレーション」、香山リカさんの著書では「貧乏くじ世代」という表現が使われるが、今の30才±5才くらいの所謂団塊ジュニア世代が就職氷河期を過ごし、そのことで彼らが派遣やパート、アルバイトで処遇され、低賃金の上、立場が不安定。
いわば能力ではなく、場と運に恵まれなかったため、バブルにも、最近の景気回復の恩恵にも入らないのは、何ともいたたまれない。
道州制の活用と、底辺の保障と3分の2ルールの活用を
本間正明のような、政府の財政再建の道具くらいにしか考えない道州制には反対だが、道州制本来の目的の優先課題である東京と地方の格差是正を優先すれば、どの場にいるかの格差は改善される。
また先日のあるある大事典の捏造はモラルとして、問題ではあるが視聴率重視の中では起こりうるし、ゼネコンの談合は問題だが、入札価格だけがずるずる下がれば、下請け、孫請けの賃金が切り下げられ、格差社会が促進されるだけである。
そこで企業税制など下請けの価格保障や、作業員の賃金水準確保に尽力している企業、ニート、フリーターの正社員採用や、高齢者雇用を重視している企業の優遇策。入札での優先などの対応。また同一労働、同一賃金が企業経営の圧迫や、週20時間しか働かないパートも社員と同じ時給かということは悪平等としても、正社員の3分の2くらいは保障すれば、サラリーマンの平均年収が500万くらいだから、その3分の2で300万。これくらいあれば年金や保険料が支払えないということもなく、つつましく暮らせばフリーター同士のカップルでも結婚し、子育ても可能。
社会的には少子化や生活保護の増大のような余計な負担が減るし、今、消費が頭打ちで景気の足を引っ張り、2011年に本当にデジタル放送に移行できるように、テレビの買え変えが進むか不安があるが、所謂貧困層の底をあげることが真の景気対策につながるのである。
建築家の安藤忠雄さんが、5億円の金で金持ちが一人でボンと金を出すより、庶民が1万円ずつで5万人の人の寄付で、淀川の桜並木構想を展開しているが、この発想ではたくさんの人がお金出せることで、植えた木の成長を見にくる、花見にくる波及効果を上げていた。
よく生活が苦しい人に節約すればと有識者が無責任に言うが、庶民の生活の底上げが景気回復の何よりのクスリである。
道州制に庶民の生活の豊かさを
道州制への賛意が庶民に少ない理由として、メリットが感じられないということがある。だが道州制だから庶民も豊かになれる工夫がどれだけできるかカギになる。道州制により、今の中央省庁や地方自治制度の見直しは不可欠になるが、今の企業単位の保険、年金では企業に属するかどうかで、保障水準が国民年金、国保だけの方と異なり、しかも国保だと金持ちが保険料の上限があり、会社員の保険料負担はまだまだ収入の割りには国保に比べれば安い。そのためフリーター暮らしの方がやむなく国保だと逆累進制的な負担にもなっている。
週30時間から社会保険に入れるようにはなっていても、今度は企業が30時間以上働かせないケースがあり、そうすると残り10時間だけどこかで働くのは困難だから、時給が安いから極めて苦しい生活となる。
派遣会社の場合でも契約満了、次ぎの仕事が別の派遣会社、休職期間など様々なケースが出てくる。そのため国保と社会保険を加入、変更を繰り返すのは本人も保険事務も繁雑である。そこで道州制導入に際して、国保と企業の社会保険を案分した「近畿社会保険」のような制度を創出するのはどうだろう。
道州制が国や財源の見直しだけでなく、庶民の暮らしの調節機能の役割をどれだけ果たせるか。なお以前に格差社会、ワーキングプアを論じた記事を以下で特集しています。
http://yamashika.cocolog-nifty.com/chiki/2006/04/postc7d1.html
http://yamashika.cocolog-nifty.com/chiki/2006/07post_458b.html
次回は道州制に関する調査、審議会についての特集です。
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