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2007年2月

2007年2月27日 (火)

第28次地方制度調査会の道州制答申から1年、日本道州制研究会会報5の私の論考、最近の道州制に関する動向と課題その①

 明日で第28次地方制度調査会答申「道州制の導入を適当とする」から1年経過

 昨年2月28日に、第28次地方制度調査会で、道州制に関する答申が出て、明日で1年が経過する。この間に北海道の道州制特区法案の成立や、安倍内閣での道州制担当大臣の任命などの動きが見られた。今の政府方針が道州制を本当の意味で地方分権として行おうという意図が感じられないのが残念ではあるが、道州制という言葉が専門家だけでなく、内容の理解はともかく、広く世間に浸透した1年ではないだろうか?

 日本道州制研究会会報5、私の論考「最近の道州制に関する動向と課題」その①

 先日、1月20日発行の日本道州制研究会会報の中の、私の論考「最近の道州制に関する動向と課題」を何回かに分けて連載します。

 最近の道州制に関する動向と課題

 山中 鹿次(本研究会会員)

 はじめに

 平成18年(2006)2月末に、第28次地方制度調査会から、道州制の施行を妥当とする旨の提言が報告され、9月に発足した安倍内閣でも、道州制担当大臣が置かれ、北海道で道州制を試験的に先行実施する法案も成立した。

 「平成の市町村合併の次は道州制」という呼び声の一方で、道州制という言葉の認知度が広まった一方で、その内容は具体像に欠けるため、市民の関心にはかなり落差がある。最近の道州制に関する動向と課題について、述べていきたい。

 

 1)道州制施行と市民の理解、認識

 道州制の定義と施行へのハードル

 道州制という言葉は、戦前の田中義一内閣での地方管理の手段として、提言されだし、以後の地方制度調査会や、財界、学識経験者らから「地方制」などの言葉が使われたり、大分県の平松前知事の提唱した「九州府」構想などが、ほぼ道州制に該当する用語の内容といえる。

 ドイツ、米国などの連邦制は州ごとで法律などの制度が相当異なり、外交と国防以外は他の州と相当異なるが(同じ犯罪である州は死刑だが、ある州は無期懲役止まりなど)、道州制はそこまでは地方ごとの政策の差異を求めていないことが、有識者のほぼ共通した認識のようである。

 だが今日でも、市民の道州制に関する理解、認識は不充分である。2月末の地方制度調査会の答申の直前に開催された、大阪市主催の地方分権シンポジュームは、「道州制」を展望してであったが、パネラーのサントリー次世代研究所の狭間恵美子氏からは「道州制が庶民には何がメリットかわからない、説明が不足している」という指摘があった。

 これは平成18年4月のNHKラジオの土曜ジャーナルの中でも、宮城県前知事の浅野史郎氏からは、道州制の意義や効用を理解しつつも「市民の中からは道州制をなんとかやらねばという強い気運が不足している」という発言があり、早期の実現の困難さが指摘されていた。(続く)

 

 

 

時代に逆行する国の動き

 河川行政、教育行政の時代に逆行する動き

 地域住民を交えて開催されていた淀川水系流域委員会が今月から活動を休止。また国の中央教育審議会も国が教育長を任命する方針である。これでは地方分権や住民参加の流れに逆行するだけである。

 道州制に世論の反対が多いのも、ある種国の都合だけで動いている側面が強いからだが、小泉、安倍政権のネオリベ体質が民主主義ではなく、「お上」意識をより強めている側面すら感じられる。

 道州制は地方分権と共に、国の体質改善の良い機会である。それだけに様々な意見が反映される機会や、地域の実情がわからない国が、教育長を任命するようなことを許してはならない。またそのためにも外交、安全保障以外は道州制で行うべきなのである。

2007年2月24日 (土)

堺屋太一氏が近畿(関西)二府四県の知事に聞く、関西のこれからについて、この道州制、日本と地域社会を語るも1年経ちました

昨日の近畿(関西)ローカルで 堺屋太一氏が、知事たちに聞く 関西復権や道州制

 

昨日、23日、近畿地方のNHKで、ニュース7の後の時間帯に近畿二府四県(大阪、京都、兵庫、滋賀、奈良、和歌山)の現役知事に、堺屋太一氏が関西(近畿)の現状とこれからを聞く番組が放送された。

 昨今の知事での談合問題での逮捕や、宮崎県のそのまんま東知事の登場への感想を聞いた後、本題に入った。

 昨年は関西の厄年という話で、武田薬品の新しい研究所が、本社のある大阪ではなく、大阪にあった商品取引所の廃止や、人口が大阪が神奈川に抜かれた話など。堺屋さんもここ30年くらいの関西の努力不足を指摘していた。

 これに対しては、大阪の太田知事が「関西、大阪の悪い面ばかり指摘され、たとえば尼崎に大きなプラズマ工場が出来たとか、外資の会社で大阪に本社ができたことなどあまり取り上げられない」など指摘。

 太田知事はこのごろ、関西、大阪のネガテイブな側面だけ取り上げないでという趣旨での発言が多い。これはある部分、的を得ている。交通マナーやひったくり、有効求人倍率など、近畿(関西)、大阪は悪い、悪いの話だらけ。

 ところが2003年の阪神優勝の頃から、いろんな点で改善が進んでいるのだが、そういう側面が全然語られないと、ある種「だから無理」という諦めにつながるし、かといって批判がないと現状追認にもなる。

 大阪百科ニュースというサイトのように、東京のステレオタイプ的、関西、大阪論を批判するのはいいが、ある種それが身びいきになり、京都への批判、偏見を助長するようにならないように、太田知事や各府県の知事、マスコミも「こういう側面もあるが、こういう部分もある」というようなバランスの取れた伝え方が必要だろう。

 近畿(関西)の知事の道州制への反応

 また知事らに道州制への賛否を○×の札をあげて答えさせるシーンがあった。従来から道州制に否定的な兵庫の井戸知事が迷わず、×。太田知事が積極的に○で、意見も述べていた。奈良の柿本知事が○×両方あげ、滋賀の嘉田知事が×をあげたが、柿本知事共々、財源や権限移譲が不充分なまま、国の方針で区割り制定がされようとするなど、今の道州制議論に賛成できないが、本当の地方自治になるなら賛成の趣旨だった。

 以前、新聞インタビューで、太田知事は今の道州制案が国の行政改革ではあっても、地方自治になっていない旨のことを話していた。まったく同感であるが、地方の言い分で道州制が推進されるなら、兵庫県なり、井戸知事も道州制に賛成するのか、続きがあれば聞きたかった。

 以前、道州制comの方で「近畿、(関西)から論じる道州制」というコラムを、私は書いたが、滋賀の嘉田知事が関西の良さとして、多様性を持った地域が連続的に連なっていることを述べていた。関東地方は東京とその周辺というだけの地域が連綿と続くが、京阪神のように個性的な地域が続くことは、生活や観光経済ではプラスである。

 ただその個性の強さが、京都と大阪のサミット誘致合戦のように、マイナスに働くこともある。だからこそ、大阪や京都という都市の上位概念として、近畿州(関西州)を置き、道州制を実施することが、関東、東京への対抗措置として有効といえるだろう。

 道州制を中心に論じる このブログも1年たちました

 昨年2月19日に開設したこのブログも、1年が経過しました。アクセス合計も2万を越え、ヤフーのブログ検索で道州制で、代表的ブログ14の中で第1位。適合度順で5000件以上の中で第1~10位を独占する日もあります。またまもなく地方制度調査会の道州制を適当とするという答申から1年にもなります。

 今後も道州制についての、情報提供、提言を続けます。よろしくご愛読のほどよろしくお願いいたします。

 

2007年2月21日 (水)

2007東京マラソンとその影響

 2月18日 雨中の東京マラソン、3万人のランナーが力走

 2月18日、2007東京マラソンが激しい雨の中、約3万人のランナーが参加し、170万人の観衆が沿道に出て、多少のトラブルはあったが無事終了した。今回、驚異的だったのが制限時間7時間とはいえ、足のトラブルを招きやすい気象条件だったにもかかわらず、97%近くという驚異的な完走率を樹立したことである。この大会に向けて、キチンとした練習を積み参加された方が多かったことが想定できるし、雨に備えた服装の工夫や、1万人のボランテイアのサポートが功を奏したと思われるが、とにかくご苦労様でした。

 都市文化としてのマラソン大会

 ニューヨーク、ロンドン、ベルリン、パリなど世界の主要都市ではエリートランナーと市民ランナー双方が出れるフルマラソン大会が1980~90年代から存在する。警察の道路使用許可や、ボランテイアスタッフが集まるのか、市民の迷惑行事的側面がどうしても出ることなどが、ランナーの側からは要望があっても、その実現を阻んできた。今回、東京マラソンの成功で都市文化としての、世界標準に日本のランニング大会も達したといえるかも知れない。

 東京マラソンの波及効果

 東京マラソンが出来ることで、近隣の大会の参加者が3万人参加の結果、分散することで減少することを懸念していたが、幸いにも申し込みが例年より遅れたが、青梅のように参加者の増えた大会や、一時期参加者が1万人を割り込んだ三浦国際市民マラソンが、過去最多のエントリーになったことなど、東京マラソンが開催が決まったことが「走る動機付け」を強くしている。

 またクローズアップ現代でも報じられていたように、昨今は女性ランナーの増加が著しい。そのせいか私も昨年、FM東京の番組で女性ランナーを対象にアドバイスを求められたり、昨年、一昨年と指導をお手伝いした初心者向けのクラブも、受講者の半分以上が女性というように、女性ランナーの増加を受けて、第二次ランニングブームという状況を呈してきた。

 東京以外の主要都市のマラソン大会

 東京以外の日本の大都市、政令指定都市や、道州制での州都クラスの都市でのマラソン大会はどうだろうか。警察の方針で時間制限を緩やかにする代わり、同じ都市でいくつもマラソン大会があるのは警察にも、市民にも負担が大きい側面があり、これを統一することで、東京マラソンのような大会にすることは可能である。

 たとえば去年の60回記念大会に併せて、福岡国際マラソンを東京のようにしようという模索はあった。ところがその場合、朝日新聞主催の国際マラソンと、ハーフや5km主体の秋に開催の、地元の西日本新聞主催のシテイマラソン福岡を統合しなければならない。しかし新聞の拡販なり、成人主体のフルマラソンと、初心者、ファミリーまで対象とするシテイマラソンを統合することはなかなかむつかしい。

 制限時間4時間の札幌開催のフルマラソン、北海道マラソンも、秋に1万人規模のハーフや10kmを含む、札幌マラソン、7月に時には五輪、世界陸上に向けての良い調整レースになる札幌国際ハーフマラソンを、あえて一本化してまで北海道マラソンの規模拡大を図るのか、北海道の中での道州制や市庁の役割見直しの中で、ハーフは別地域開催にするなど、様々な模索が必要かも知れない。

 マラソン文化の東京集中の懸念

 今回の東京の成功の一方で、一方で日本のマラソン文化に陰が一方で差している。それは経済格差の陰である。阪神大震災の前年に参加者1万人を集めた尼崎シテイハーフマラソンは、支援していた大手スーパーのスポンサー撤退も手伝い、参加費の値上げ、告知の不充分さ、参加者減少の、マラソン大会のデフレスパイラル現象で2002年を最後に廃止され、西宮国際ハーフマラソンも最盛期8千人の参加だったが、いまや2千人程度。震災や一時は球団を持っていたスーパーの協賛撤退など、社会的要因は阪神地区ではプラスに働く所には至っていない。

 全国的にも、市町村合併で消滅する大会が多いし、夕張市よりも公的債務比率が高い町村で市民マラソンを開催している所が、兵庫県内にもあるが、昨今の地方交付税の削減方針を見ると、地域興しより目先の節約に走らざるを得ない。また少子化、高齢化で参加者が以前より激減している大会も多いのである。

 マラソン文化の再検討を

 不定期ではあるが岐阜長良川走ろう会で、市民マラソンの課題を検討する全国市民マラソンサミットが開催されている。今回の東京マラソンと、地方のマラソン大会の現状をどうするのかなど、なんとかサミットが再開できたらと思う。

 さらに今度3月25日に京都府立医科大学で「市民ランナー、市民マラソンのこれから」というワークショップを開催するので、関心のある方の積極的な参加を期待する。以下でプログラムをご確認を。

http://www.e-running.net/congress.html

なお東京のように7時間制限は無理でも、来年以降、別大国道の拡張が完成すれば、別府大分毎日マラソンが制限時間4時間くらいのランナーくらいまで、門戸を開放したり、2010年の30回記念の大阪国際女子マラソンを、市政施行120年記念と併せて男子の4時間くらいのランナーにまで門戸を拡げ、将来は東京マラソンのように本格的に市民に開放するレースが可能か模索してもいい。

 あるいは2010年なら、京都のシテイハーフマラソンが平安遷都1200年記念で開始されたように、奈良なら平城京遷都1300年、今年なら福井や滋賀なら継体天皇即位1500年記念協賛の市民マラソンを開催してもいい。

 九州が道州制議論での一体感があるのは、九州一周駅伝、福岡国際マラソンのようなエリート大会があり、福岡や佐賀の市民ランナーが指宿菜の花マラソンや、青島太平洋マラソンに出かけるというような、マラソンを通じた「九州は一つ」の一体感があるからかも知れない。

 東京マラソンに際しては、大阪のコンビニでも、東京都心部の荷物が遅れるビラが貼られていた。今後は円滑な大会開催を考えると、福岡国際マラソンなら福岡都心部の荷物遅れますのような、道州制レベルのような範囲の告知は必要だろうが、今後の各地のランナーや大会の動向は注目である。

 なお以下の山鹿ニュースでも東京マラソンや、地方のマラソンを特集しているので、参考にされたい。

http://blogs.yahoo.co.jp/zenikinnyama/44826786.html

http://blogs.yahoo.co.jp/zenikinnyama/44859734.html

2007年2月17日 (土)

日本道州制研究会会報5発行

 本日、日本道州制研究会2月例会、日本道州制研究会会報5発行

 今日、2月17日は日本道州制研究会会報5が発行されたのを機に、会報の内容を元にして、昨今の道州制事情を討議した。なお日本道州制研究会は3月は休会で、4月21日に大阪府立青少年会館で開催予定です。

 以下が題目です。

 藤原氏の出自と記紀編纂のシナリオ          芝 蒸

 最近の道州制に関する動向と課題           山中 鹿次

 道州制へのおぼえ書き                  玉置 裕康

 自分の考える道州制とは                 奥野 晶夫

 道州制について                      村澤 卓司

 道州制の具体的構想の素案              牛尾 重彦

 B5版 43ページ 定価1000円、送料120円。購入希望者は〒544-0033大阪市生野区勝山北5-12-36 あかつき出版まで。℡06-6712-2935、FAX06-6712-1791にて、購入希望、問い合わせをお願いします。

 なお私の最近の道州制に関する動向と課題は、このブログで何回かに分け連載の予定です。 

いよいよ東京マラソン、地域文化としてのマラソン大会

 2月18日いよいよ参加者3万人の東京マラソン

 いよいよ18日は参加者3万人の東京マラソンである。日本国内では人口100万以上の大都市での、欧米のニューヨーク、ロンドンのようなエリートから市民までの数万人単位の大規模大会がなく、ランナーの側からは不満の声が強かった。しかし一方で交通規制が長時間に及ぶ弊害もあり、この点が警察の道路規制の負担のみならず、市民の側からどれだけ不満が出るか、おもしろかった、感動したの声や、各地から東京に人が集まる経済効果など、注目のレースである。

 市民マラソンに見る都市と地方の格差問題

 交通規制での困難さはあっても、東京で制限時間7時間の大会が出来るのは、五輪招致やバブル時期並みの税収、スポンサー確保の容易さなども無視できない。一方で地方では市町村合併で消えるマラソン大会も相次いでいるし、道州制の区割り例で言えば、四国、東北では5千人を超える大会がなかったり、市民マラソンでの格差や勝ち組、負け組も出てきているのが実情である。地方交付税削減で地方でのマラソン大会はこのままでは消滅する大会が避けられないことも軽視しては行けない。

 今後に向けて

東国原知事はランナーでもあるが、宮崎県には青島太平洋マラソンという全国有数の走りやすく、参加者サービスにも優れた大会がある。これが走る知事の登場によって、ますます県の重要行事として全国に紹介され、上手く行けば東京だけでなく、地方のマラソン大会の再構築に利用できるかも知れない。

 また東海地震対策で大井川に常設マラソンコースを整備しているが、大会の全コースで市街地での長時間の大会が無理でも、中国地方なら一般道に併用して、宍道湖の湖岸の遊歩道を整備するとか、四国なら吉野川の河川敷、堤防と組み合わせて、市街地も組み入れるなどして、せめて道州制の単位に一つは大規模な市民マラソンが一つはできてほしいのだが。マラソン大会の東京集中や地方の衰退は避けたいものである。

 東京マラソンの参加者対策、主催者への提言、市民ランナー、市民マラソンのこれから

 なお東京マラソンの対策、提言など、私の別ブログ、山鹿ニュースでも特集しています。

http://blogs.yahoo.co.jp/zenikinnyama/44744313.html

http://blogs.yahoo.co.jp/zenikinnyama/44681398.html

http://blogs.yahoo.co.jp/zenikinyama/44648317.html

なお京都府立医科大学で3月23~25日に開催の、第19回ランニング学会で「市民ランナー、市民マラソンのこれから」をワークショップのコーナーで行い、コーデイネーターをランニング学会前会長の山西哲郎先生と担当します。東京マラソンも課題にしますので、是非ご参加ください。以下で学会大会のプログラムをご確認ください。

http://www.e-running.net/congress.html

2007年2月12日 (月)

団塊の世代の定年問題に想う、建国記念の日と継体天皇即位1500年記念

 10日のNHKテレビ、日本のこれから、つながるテレビ@ヒューマンで団塊の世代を特集

 土曜日の上記番組で団塊の世代に関する特集を行っていた。世代論はいろいろあるが、戦前派、戦後派というおおざっぱな色分けはあるが、本当の意味での戦後世代はここからはじまるのかも知れない。というのは終戦から戦後復興を経て、本当の意味での現代日本に直結する時期といえるのは、政治で55年体制と呼ばれる時期で、家庭電化製品の急速な普及や、農業人口の急速な減少が同時に起き出すことで、学齢期全体をほぼそれに歩調を合わせて成長したことがある。

 成長する社会と歩調を合わせ、その人口比が高いことは日本経済や社会にプラスに働いた。だがバブル経済の時に多くが中間管理職として、現場で企業を動かしたことがバブルにブレーキをかけることが出来なかった(バブル自体は外的要因や団塊世代以前の焼け跡世代の経営者、ダイエーの故中内功氏らの責任大ではあるが)。

 また団塊世代の子どもたち、団塊世代ジュニアは人数が多く、学卒時期に平成不況と重なり、今の貧乏くじ世代やロストジェネレーションに当てはまるのである。これは団塊世代でリストラされる者がいるにしても、現役雇用を優先させるので、親の雇用を維持したがため、子どもの就業の機会が奪われたことはまちがいない。

 高齢者はどこまで働くべきか、ワークシュアリングのすすめ

 日本のこれからでのパネラーの一人で、団塊の世代の名付け親の堺屋太一さんが、70くらいまで働く社会というのは賛成である。年金問題の緩和や高齢者の働く意欲、今の高齢者の体力が昔の高齢者と比べ、実年齢の七がけや八がけで考えるべきで、昔の人生50年や、55才定年も、今の平均寿命80年時代には70才定年が妥当だろう。

 但しずるずると定年延長では、団塊世代が団塊ジュニアの就業の機会を奪った二の舞になる。たとえば同じ会社に勤めるなら週20時間労働まで、自治体の高齢者の就業斡旋は年金一元化までは基礎年金のみの方優先、有給休暇の消化義務づけや労働者全体の残業規制などで、団塊世代の定年延長が若い人の就業の機会を奪わない、徹底したワークシュアリングと格差是正を目指すべきだろう。

 またこれを論じるには、パネラーの一人だった宮台真司氏らのような、概ね40才台、50才前半の、谷間世代の意見をどしどし取り入れ、世代間の意見対立の調整を図るべきだろう。

 道州制と都会と農村暮らしの両立

 団塊世代で定年後は農業をしたいと考える人もいれば、健康不安から都会暮らしを希望する人もいる。だが具体的に九州に住みたいとか、新潟の田舎に帰るとかでなければ、道州制の範囲だと車に荷物を積み何とか日帰り可能な範囲に収まる。ネット社会とはいえ、具体的な住む場所や就業について相談の機会を考えると、近畿の中で都会と農村の往復暮らしというような形が現実的で、両方の良さが活かせると思うのだが。

 昨日は建国記念の日 今年は継体天皇即位1500年記念

 昨日は建国記念日であった。だが今年はここからは確実に今の皇室と系譜がつながる継体天皇即位1500年である。これを福井や滋賀など継体天皇ゆかりの地以外も重要に考えるべきだろう。また越前から摂津、山城を経て大和に継体天皇が入ることは、畿内の北端から中枢部に入るようで、道州制の区割りの先駆けのようだし、九州で王権に対抗して起こる磐井の叛乱など、道州制での九州自治州構想の端緒のように見えてくる。記念すべきこの年、一元的な愛国ではなく、継体1500年から国や地方、道州制や自治体を考えて行きたい。

2007年2月10日 (土)

大阪市主催の地方分権シンポジュームに参加して、日本道州制研究会の御案内

 昨日 大阪市主催の地方分権シンポジュームに参加

 昨日は大阪市の中央公会堂で、大阪市、大阪市隣接都市協議会、指定都市市長会主催の、地方分権シンポジューム、市民の視点から見た地方分権‐今、都市に求められていること‐に参加してきた。

 まず最初に三重県前知事の北川正恭氏の基調講演から。北川氏からは先に破綻した夕張市が、手作り成人式を行った話を例にあげて、危機意識が住民自治の意識を高めることを紹介した。

 また不祥事をおこす職員はいるにしても、たいていの職員はまじめにやっている。だがそれが成果につながっているかの例として、新聞などでも紹介されたが選挙の開票作業の短縮を例にあげた。たとえば投票用紙の開票集計箱を、候補者別にしたり、体育館での履き物をスリッパではなく、運動靴に変えたりで、30分程度で膨大な開票作業を終えた例など。

 これは前例の中では、一生懸命邁進しても、以外と「こうすると理に適う」という発想が役人、官僚組織には不足しているよい指摘である。思えば大分県の一村一品運動など、小規模自治体単位の地域おこしが県全体でネットワークされたわけだが、お金ではない知恵が、住民自治のレベルから道州制までどのくらい活かされるのか考えさせられた。

 パネルデイスカッションで感じたこと

 パネルデイスカッションで、評論家の松本克夫氏の意見として、1993年の細川内閣での地方分権一括法の頃は東京がバブルで膨張して、それを地方に分散しろという意見の元で地方分権や、道州制議論が進んでいた。また首都移転論争も盛んだった。

 松本氏は地方交付税などで東京の富を地方に配分するのはけしからんのような、東京の逆襲というべき現象で今の地方分権論議が進んでいることを危惧していた。これと類似のことは私もこのブログで述べているし、パネラーの一人の四日市大学の岩崎恭典氏もそのことを指摘していた。

 今の安倍政権で道州制議論が動きだしたが、地方制度調査会の意見では中央集権を加速する危険性も指摘があったが、松本氏が安倍総理が地域でがんばっている所を地方交付税で応援の発想を、スタートラインより前を走っている所をより応援し、格差是正ができるのか問題視していたが、市民の側に道州制に反対が多いのは、そういう格差是正に反する流れを危惧しているのかも知れないと感じた。

 大阪の立場はむつかしく、東京を批判する方に力点を置くか、名古屋、福岡など政令指定都市としての立場で動くかや、私は反対だが、それこそ今の東京のように地方叩きに動く身勝手な大都会として動くのか。

 今、小泉政権の負の遺産が格差社会として表れ、安倍政権も支持率が下がりだした。小泉路線と石原都知事の組み合わせが東京の逆襲となったが、今石原都政も批判を浴びてきて、それが揺らぎつつある。しかし93年頃と事情が異なるのが、武村、細川氏のように地方の名知事が中央政界の中枢で活躍していたのが、今は北川氏や宮城の浅野前知事らが知事を辞めてから、今後はどうかわからないが、中央政界に進出という行動に動かない。

 知事の多選は問題としても、はやばやと知事は辞めるが今度は中央政界で意見を述べてくれる方が増えると、道州制や市町村合併も国主導でない、実効性のある形になるのかもしれない。

 大阪市総務局の都市問題研究会発行の図書

 なおこのシンポジューム開催の大阪市の総務局では、都市問題研究という雑誌を発行している。平成18年9月号は道州制の展望と課題が特集されている。目次は以下のようになっている

 道州制について

 地方制度調査会の道州制答申とドイツ連邦制度改革

 経済・財政面から見た道州制

 道州制と基礎自治体

 道州制と現代地方自治の危機

 沖縄と道州制 ‐これまでの議論と今後の展望‐

 地域主権のモデルとして‐道州制特区の取り組み‐

 なお定価650円、大阪市総務局のHPか、℡06-6208-7452、FAX06-6202-7072まで問い合わせを

 日本道州制研究会、地方分権フォーラム開催のお知らせ

 

 来る2月17日に大阪市中央区森ノ宮2-13-33(06-6942-2441、JR、地下鉄森ノ宮駅下車西へ400M)の府立青少年会館第2グループ活動室で、午後1時30分~4時頃まで今年最初の日本道州制研究会の例会を開催します。

 この例会に併せて日本道州制研究会の会報5が発刊されました。この会報を参照しながら、道州制議論を深めたいものです。参加費500円。ふるってのご参加お待ち致します。

 

2007年2月 9日 (金)

格差社会問題、就職氷河期、ホームレス問題など

 先週3日のつながるテレビ@ヒューマンで、就職氷河期とホームレス問題を特集

 先週3日のつながるテレビ@ヒューマンで、就職氷河期の世代の苦悩と、ホームレスの方々がビックイシューという雑誌を販売していることが紹介されていた。今は格差社会の問題が大きくなっているが、その象徴的な映像であった。

 個人の能力ではなく、枠に入れるかどうかで起きる問題

 道州制推進などでも積極的に発言している経団連会長の御手洗氏は、自分の会社がリストラをしないことで、経済雑誌などでそれが高い評価を受けている一方で、派遣社員の偽装請負問題でどうしてそれが悪いのかという反応を示して、今度は批判を浴びている。

 思うにこの御手洗氏のような意識が、経営者、また市民の中に深く浸透していることが、格差社会問題を大きくしている。

 それは正社員は守る(といっても昨今までリストラが盛んだったが)が、派遣やパートは守らないことが一般化しているから問題である。

 生活できない最低賃金

 今、最低賃金の引き上げが検討されている。時給換算で全国平均で673円、最高の東京で719円、最低の沖縄、青森などで610円である。この610円だと一日8時間労働で20日で9万7600円、2万の家賃のアパート住まいとしても社会保険、食費など払うと手元に1万少々しか残らない。通院や電化製品を買い換える、フロ付きの所に住んでいないからといって、ふろ屋に行くこともできない。

 これは単身者がなんとか食えるかも知れないという状態である。これでは世帯を持つことなど不可能で、格差社会を解決することなしに少子化対策などもはや幻想だと行ってもいい。

 日本同様に格差の大きい米国は時給で602円だそうだが、フランスは1162円、イギリスは1096円が最低賃金である。仮に時給で1100円で8時間、20日労働なら17万6千円。夫婦共働きなら世帯を持つことが可能になる。

 いきなりは無理でも毎年150円くらいずつ最低賃金を引き上げることで、正社員とパートとの賃金差が減り、むしろ正社員採用も増える可能性もある。そうなれば新卒者が今、ひっぱりだこだが、氷河期世代が割りを食うことも相当に減るだろう。

 ホームレス問題に想う

 テレビの映像やコメントでは、ホームレスに同情的な意見が多いのだが、ネットなどではホームレスに対して冷淡な意見が多い。今も世界陸上の会場の長居公園のホームレス退去問題が送っているが、もちろん公園に意図的に住ませよう、市に反発しようとする、プロ市民と称されたりする方があおっていることもあるが、だから排除すればいいとも思えない。

 これについての解決案は昨年提起しているので、以下をご参考に

 http://blogs.yahoo.co.jp/zenikinnyama/24200894.html

  無理のない経済政策を

 労働政策審議会委員でもある奥谷禮子氏が「過労死は自己管理の問題」「祝日もいっさいなくすべき」「労働基準監督署も不要」と週刊誌のインタビューで答えている。奥谷氏は人材派遣会社の社長だが、これは経営者の立場にしか立っていない。

 今、野球でも一人の投手が連投することなど避け、よい条件で試合にのぞむようになっている。ところが産業界はホワイトカラーの一日労働時間平均が10,2時間に達している。でもこのことが過労死のみならず、生活習慣病の蔓延など医療費の高騰など社会的負担を多くしている。

 就職氷河期やホームレスの就職支援で、働いていない人をゼロにする。そうすれば無理な残業も減るだろう。またオフィースの地方移転で、地方の景気回復を兼ねていけば、

東京の膨張による防災での不安も減るだろう。

 今、論議の道州制も東京集中や格差社会を助長しない、無理のない経済政策の一環として活用すべきだろう。

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